第52章 ハート
闘いは終わった。
ひとりのセイレーンは、他者とは異なる道を選ぶことで己の運命と決別した。
ひとりの海賊船長は、彼女の選択を認め、剣を下ろすことで争いを終結させる。
しかし、この場において、彼らの決断を認めない男がいた。
「見逃す、じゃと……?」
まるで、自分の存在を無視するかのように進む展開。
サカズキは、なにひとつ認めていなかった。
セイレーンの真の力を知った今、危険因子を放置するつもりはない。
また、同じく危険因子であるトラファルガー・ローの首を諦めるつもりもない。
この闘いを終わらせるのは、モモでもローでもなく、海軍元帥である自分だ。
それなのに、モモもローも、サカズキなど見えないかのように、己の歩むべき道を決めていく。
これ以上の屈辱があるのだろうか。
サカズキを無視することは、海軍という正義の象徴を無視することと同じ。
怒りが湧く。
ふつふつと煮えたぎる怒りは、マグマのように熱くなり、身体の内と外から傷を負った彼の肉体を突き動かす。
許されない。
正義という名の誇りと矜持は、彼にとってなによりも優先されるものだ。
「おどれらは、ここで消す……ッ!」
大海賊時代など、ふざけた時代を作り出した悪党を逃しはしない。
諸悪の根源、ゴールド・ロジャー。
そして、その血を継ぐ息子。
正義のため、断罪した男たち。
彼らに感じていた危惧感を、目の前の2人にも感じている。
今ここで消さなくては。
いずれ、巨大な存在となって、自分たちの前に立ちはだかる。
そんな予感がするのだ。
ぼこり、と腕が赤く膨張する。
本来であれば、能力を使えないほど消耗した身体。
サカズキを動かすのは、体力でも精神力でもなく、もはや執念であった。
狙うは、海の精霊セイレーン。
狙いを定め、拳を穿とうとしたサカズキの眼前に、再び刃を構えたローが躍り出た。
「させるか……ッ!」
大切な人を守るため身を挺するローの姿は、いつかのあの日、弟を守った炎の男を思い起こす。
ならば、同じ運命を辿らせてやろう。
あの日と同じように、ローの胸へと拳と突き出す。
持ち主とは異なる心臓が息づく胸へと……。