第52章 ハート
ローの目の前には、対照的な2人の人物がいた。
ひとりは、憎くて憎くて堪らない政府の人間。
残酷さで有名な海軍元帥は、一度ならず幾度となく自分から愛する女を奪った。
確実に仕留めなければならない男。
そしてもうひとりは、愛しくて愛しくて堪らない唯一の人間。
愚かしいほど優しい彼女は、自分に愛することを教え、新しい世界を見せてくれた。
永遠に守らなければならない女。
両極端な2人を前にして、ローは選択を強いられる。
しかし、ともすれば今後の航海を左右する選択を迫られているのに、ローの瞳にはたったひとりの女しか映らない。
(コイツは誰だ?)
ローの前に立っているのは、彼がよく知り、そして愛した女であるはずだ。
けれど、彼女はこれほどまでに強い眼差しをする女であっただろうか。
何度も“強くなりたい”と願ってきたモモ。
ローはモモを弱いと思ったことはないし、モモに強さを求めたことはなかった。
困ったことがあれば、いつでも自分に頼ればいい。
心のどこかで、自分なしでは生きていけなくなればいい…そう願った。
だが、実際はどうだ。
ローを失い、コハクを失い、仲間を失った彼女は絶望に飲み込まれ、唄うだけのセイレーンと化した。
(俺は結局、モモの本質を見てやれていなかった……そういうことか。)
深く深い息を吐き出し、それから腕を下げた。
「……お前の望むとおりにしよう。」
「ロー……!」
モモが驚きに目を見開くと同時に、膝をついていたサカズキも目を見張る。
まさかこの状況で、ローがそのような決断を下すと思わなかったのだ。
「勘違いするなよ。お前に頼まれたからじゃねェ、俺が自分で決めたんだ。」
モモが自分のためにローが無理をしている…そう思わないように、あえて口にする。
「赤犬をここまで追い詰めたのは、俺の力じゃねェからな。胸張って赤犬をぶちのめせるようになったら、誰がなんと言おうと、コイツの首を取る。」
胸を張って、モモを守れたと言えるその時まで。
だから今は、剣を下ろすと決めたのだ。