第52章 ハート
「見逃せ……、そう言いたいのか?」
ローの眉根が寄った。
いくらモモの言うことでも、納得できないことはある。
モモとローは別々の人間。
考えが違ったとしても当然である。
「……そう。うん、そうなるね。わたしはこれ以上の争いを望まない。」
本当のことを言えば、見逃すという表現は正しくない。
だが、ローからすれば同じことだろうと思い頷いた。
「お前の言うとおり、この勝負は俺の勝ちだ。けどな、ここでコイツを見逃すことはできねェ。俺はもう、後悔はしない。」
あの時こうしていれば、この道を選んでいれば……。
いつか起こりうる“もしもの瞬間”に後悔しないよう、サカズキを見逃せないと言うロー。
ここでサカズキの命を絶たねば、彼は何度でも自分たちを追いかけ、何度でも殲滅しようと企むだろう。
「政府がお前を狙う限り、容赦はしねェ。」
大切なものがあるからこそ、引けない一線。
その気持ちは、モモにも痛いほどよくわかった。
政府には、海軍には、何度も恐ろしい目に遭わされ、大切なものを奪われてきたから。
「……でも、ここでサカズキを殺せば、わたしたちは政府と同類になる。」
「同類だと?」
邪魔だから消す、脅威になるから排除する。
やっていることは、サカズキとなにも変わらない。
「……俺たちは、海賊だ。」
正義の味方でもなんでもなく、海を制する海賊。
悪党と呼ばれ、恐れ蔑まれて当たり前な存在。
モモの言うことなど、ローにすれば綺麗事にしか聞こえない。
「これでも、わたしだって海賊。ローの気持ちもわかるつもり。……でも、わたしは海軍を真っ黒な悪だとは思っていないわ。」
正直、海軍にはいい思い出がない。
だけど、彼らがやってきたことを否定はできなかった。
優しい海賊がいるように、海軍にも正しい兵士がいる。
むしろ、サカズキのように必要悪を貫く人間の方が稀……そう思いたい。
「見たいの。わたしから大切なものを奪ってきた海軍が、これからどうしていくのかを。」
もちろん、ホワイトリストをはじめ、許せない制度はある。
だけど、特定の民間人を犠牲にしてまで貫く正義。
その行く末を見たかった。