第52章 ハート
思えば、長かった。
初めて海軍に属する兵隊を見たのは、モモが生まれ育った島を出て少しした頃。
父と母を奪った海賊が怖かった。
だけど、いつしか海賊よりも海兵の方が恐ろしい存在なのだと思うようになったのは、彼らが血眼になって“セイレーン”を探しているのを目の当たりにしたから。
彼らに捕まったら、一生自由を手にすることができない。
そう思い、ずっとずっと逃げてきた。
しかし今 目の前で、自分の愛する人が、恐怖の対象に刃を突き立てた。
その瞬間、モモの中でなにか鉛のような凝りが抜け落ちていった。
(わたしは、自由だ……。)
頬に一滴、涙が伝う。
これは、嬉し涙。
自由を勝ちとったこと、ローが仇敵に報いたこと。
セイレーンの力が戻ってきたと同時に、始まりのファンファーレが鳴る…そんな気分だ。
終わりではない、始まり。
――どくん、どくん。
胸の中で、心臓が高鳴る。
脈打つ心臓は、モモのものではない。
この心臓はローのもの。
でも、ローの胸の中でもモモの心臓は確実に高鳴っている。
自然と足が動き出す。
恐怖と嫌悪の塊だったはずのサカズキのもとへ、初めて自分から近づいた。
片腕を斬り落とされ、胸を貫かれたサカズキは、それでもなお、地面に膝をついていなかった。
「ハァ、ハァ……。おどれら、ただではすまさんぞ……ッ」
血泡を吹きながら、睨みを利かすサカズキにローが吐き捨てるように言葉を返す。
「それはこっちのセリフだ。人のもんに手を出して、ただですむと思うんじゃねェ。」
覇気を纏い、血に濡れた刃が再びサカズキに向く。
今のローなら、いかなるサカズキの攻撃をも防ぎ、ロギアの身体にダメージを負わすことができるだろう。
だけど……。
「ロー、もういいわ。」
死闘を繰り広げるローの背に、モモはそっと声を掛けた。
「……なに?」
「もう、勝負はついた。そう思うでしょう?」
命を奪うだけが勝敗ではない。
海賊であるローが、それだけで落とし前をつけられないとわかっていたけど、それでもサカズキのようになってほしくはなかった。
違うからこそ、別の道を選ぶ。
それがモモの答え。