第52章 ハート
ドクン。
ひとつ跳ねると、身体に熱が巡る。
ドクン。
ふたつ跳ねると、彼の息遣いを感じる。
知っている、この音を。
抱きついて、熱を確かめて、耳を当てるといつも聞こえてきた命の音。
(ロー……?)
間違いない、彼の音だ。
どこから聞こえるのだろう。
ずっと探し求めていた、彼が生きている証拠。
(ロー、どこにいるの?)
音の根源を探すけど、モモの耳には“邪魔な音”が聞こえていて、本当に欲しい音を探すことができない。
今モモが聞きたいのは、有名な音楽家の曲でもなければ、美しい鳥の囀りでもない。
求めているのは、愛する人が生きる音。
(うるさい、静かにして。)
そう願うと、邪魔をしていた音がぴたりと止んだ。
静寂の中、彼の鼓動だけが耳に届いてきた。
――ドクン、ドクン。
近い、ものすごく。
まるで、自分の身体の中から聞こえてくるかのよう。
(わたしの、中……?)
思い過ごしではない。
本当に、自分の身体から……胸の中から聞こえてくる。
この音は己の心音ではない。
間違いなく、彼のもの。
わかるよ、だって……ずっと傍で聞いていたんだから。
(そこにいるの? ロー。)
彷徨うように手を伸ばせば、ぎゅっと握ってくれるなにかがある。
少し骨ばっていて、剣だこがある感触を知っている。
この手のひらを、知っている。
(ロー、あなたなのね。)
夢じゃない、妄想でもない。
現実に、あなたが存在している。
そこにあなたがいるのなら、俯いてばかりいられない。
――ドクン、ドクン。
高鳴る鼓動が、脈動する鼓動が、モモを呼んでいる。
戻ってこいと言っている。
いくよ、わたし。
あなたがいるのなら、どんな地獄でだって生きていく。
絶望の中でうずくまるのは簡単だけど、前を向いて生きていく術をあなたが教えてくれたから。
『いってらっしゃい。』
誰かが、モモの背中を押した。
懐かしい声。
モモに歌を教えてくれた、最愛の女性だとわかった。
いってきます、お母さん。
帰る場所が、待っていてくれる人がいるから。
だから、セイレーンの歌にも負けられない。
「……ロー。」
彼の名前を呼べば、途端に光が差してきた。