第52章 ハート
触れた心臓は、ローの手のひらで包み込めるほど小さい。
ドクン…ドクン…と懸命に脈打ち、生き抜く強さと命の重みをローに教えてくれる。
些細な傷もつかないよう、慎重な手つきでモモの心臓を引き抜いた。
初めて見る、彼女の命。
初めて見る、鮮やかな赤。
「これがお前の色……か。」
キューブ型のサークルに閉じこめられた心臓は、今まで見たどの臓器よりも美しく、まるで宝物のように思えた。
ローのオペは痛みを伴わず、胸から心臓を抜き取られても、死ぬことはない。
胸にぽっかり穴が空いてしまったモモは、あいかわらず唄い続けたまま。
きっと彼女は、胸の中身を失ったことすら気がついていないのだろう。
『ロー、わたしね。あなたと本当にひとつになりたかった。』
いつか見た夢の中で、彼女は言った。
『このまま溶けて、あなたの一部になりたかった。そうしたら、いつまでも一緒にいられるでしょう?』
ひとつとは、どのようなことを言うのだろう。
ぐちゃぐちゃに溶けて固まれば、ひとつになるのか。
それとも、彼女を喰らい尽くせばひとつになるのか。
そんなものは、無意味だ。
例えひとつの存在になれたとしても、抱きしめ合えないと、言葉を交わせないと、なんの意味もない。
「だが、それでもお前の願いを叶えよう。」
モモは、ローの一部になりたいと言った。
ローとひとつになりたいと言った。
その身体で、ローの息遣いを感じていたいと言ったのだ。
……ずぶり。
ローの指が、またしても沈んだ。
でも今度は、モモの胸にではない。
己の胸にメスを突き立てる。
ドクン、ドクン……。
取り出したのは、自分の心臓。
モモのそれよりも大きく、逞しく脈動する心臓。
「受け取れ、モモ。」
空虚にあいたモモの胸に、ローの心臓が埋め込まれる。
──ドクン!
モモの胸の中で、ローの心臓が跳ねた。