第52章 ハート
『誰か、空っぽなわたしを消してくれないか。描いた未来に弾かれて、吹き飛ぶように消える命。もう二度と戻れなくてもいい。』
やめろ、行くな。
モモは今、辿ろうとしている。
その昔、とある島で起きた悲劇……セイレーンの最期を。
「させねェ……、それだけは……絶対に!」
誓ったのだ。
あの日、セイレーンの末路を共に聞いた時、唯一残されたモモだけは必ず幸せにしてみせると。
『運命に翻弄された精霊たちが泣いてる。』
天に散った、セイレーンたち。
はたして彼らは、本当にこんな結末を望んでいるのだろうか。
(望んじゃいねェ。モモ、歌に飲み込まれるな……。)
歌を愛したセイレーンが、歌によって身を滅ぼす。
『未来を焼き尽くして消し去った。どうせ空虚に生き抜くなら、君を愛して死にたいよ。』
歌が、叫びが、刃となって聞き手を刻む。
「ぐァ……ッ」
耳を塞いでも、音は身体を侵略する。
滅びの歌が禁忌とされた所以を、モモ自身が証明していた。
“あの子に、唄わせないで。”
何度も何度も、縋られた願い。
叶えることのできなかった願いは、いったい誰のものであったか。
胸の上で、セイレーンの瞳がきらりと揺れた。
預かったままの指輪。
大切な彼女の指輪も、ついには返すことが叶わないのか。
「くそ……ッ」
らしくもなく弱気になった自分を叱咤し、彼女へと手を伸ばした。
取り戻したい、守りたい、救いたい。
そして、愛したい。
すべての想いが合わさって、脈打つ心臓が指輪へ力を与えた。
『本当に、あの子を救ってくれますか?』
耳に届いた声は、歌声ではない。
驚きに見開かれたローの瞳に、ゆらりと亡霊の姿が映る。
彼女の姿を見たのは、これが初めてではない。
何度も何度も現れて、モモを救う手掛かりをくれた。
モモによく似た女性。
金緑色の瞳をした女性。
きっと彼女は…──。