第52章 ハート
命を奪うその歌は、心臓が止まるほど美しい。
『君がいないなら、生きる意味なんてなくなるから、海はすべて涸れてしまえ。』
海で生きること、それが海賊の証。
だが、モモにとって大切なのは海賊として生きることより、ローと一緒に生きること。
でもそれは、今ではローだって同じ気持ちだ。
『心が死ぬのなら、未来だってなくなるから、この世界も滅べばいい。』
滅びの歌は、憎悪と怒りの歌。
いつの日か、モモはそう言っていた。
心優しいモモには無縁の感情。
そう思っていたのに、まさか、世界の終焉すら望んでいるとは、さすがのローも思わなかった。
「モモ、目を覚ませ! お前はそんな女じゃないはずだ!」
必死に呼び掛けながらも、感じていた。
いったい自分は、モモのなにを知っているのかと。
海賊になった理由も、愛したはずの男と別れた理由も、薄ぼんやりとしか聞いていない。
自分が彼女に惹かれていく心は理解できても、彼女が自分を愛してくれた理由だって、未だにわからないまま。
モモが心の奥底に、絶望の闇を抱えていたのだとしたら、それはすべてローが受け止めてやらねばならないこと。
『ずっと苦しかった、君のいない時間。夢でだけ出逢えた、その胸で泣きたかった、あの頃に帰りたかった、君と生きていたかった。』
叫ぶような歌声が、胸を貫く。
どうしてだろうか。
モモの歌はどれも心当たりがないことなのに、無性に胸を抉る。
今すぐモモの心に触れたい。
華奢な身体を抱き込み、背骨が軋むほど抱きしめたくなるのは、本当に歌のせいだけだろうか。
「モモ……ッ」
なぜ、こんなにも彼女を欲しているのに、この声が届かない。
モモが愛する歌が、手を伸ばしても届かない彼方へと彼女を追いやってしまう。