第52章 ハート

突き抜けるような、一陣の風が吹いた。

凍てつく雪の上を駆け抜けたはずの風は、すっかり冷えきっているはずなのに、ローの頬を撫でた空気は、まるで誰かの温もりのように、暖かな温度を感じた。

ただの思い込みかもしれない。
けれど、ローは温もりの中で、確かに仲間たちの存在に触れた。

仲間たちの想いが、ローの背中を押す。

｢モモ、歌をやめろ。俺たちは……ここにいる！｣

すぐ傍にいるサカズキになど目もくれず、ただ彼女だけを見つめて一歩踏み出した。


『――…。』


歌が、やまない。
こんなに近くにいるのに、モモの耳にはローの声など届かないようだった。

｢……く…ぅ……ッ｣

たった一歩踏み出すだけで、歌の効果は凄まじくローの心臓を蝕む。

身体が鉛のように重くなり、バランスを保つだけでも気力が擦り減っていく。

｢……死ににいくようなもんじゃのぉ。｣

｢黙れ……ッ｣

命を削る歌も、耳障りなサカズキの声も、今はなにも聞きたくはない。

モモの美しい歌声は好きだが、たった数メートルの距離すらも縮められないのなら、今は聴力を失いたい。

しかし、モモの歌が聴力に関係なく作用することは、鼓膜を破り、歌を無効化しようとしたサカズキが証明している。

歌を無効化するには、それこそ世界から音を消すくらいしか方法がない。

だが、そんな魔法のような所業はできるはずもなく……。

(くそッ、どうすればいいんだ！)

モモの傍に行きたい。
でも、彼女に殺されるわけにはいかないから、これ以上近づけない。

他人の命をも奪う歌。
そんな歌を唄い続ければ、いずれモモの身にも異変が起きるだろう。

それを防ぐためにも、一刻も早く歌をやめさせなければならなかった。