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セイレーンの歌【ONE PIECE】

第52章 ハート




静かだ。

まだ日も高いのに、周囲からはざくざくと雪を踏み鳴らす音しか聞こえない。

「赤犬の野郎、どこへ行きやがった。」

説明ができない胸騒ぎを覚え、島から出ずに赤犬の姿を探すこと一時間。
身を潜めているわけでもないのに、ローは海兵のひとりとも出くわさなかった。

なにかがおかしい。
この島では、ローが想定できない何事かが起きている。

歩き続けて森を抜けようとした時、初めて人の気配を感じた。

『…――。』

ふと耳に入った不可思議な音色。

「なんだ?」

数歩近づくごとに、音色は大きくなっていく。

やがて、音の正体に気がついた。

「……おい、嘘だろ。」

気づいた瞬間、血の気が引いて凍りつく。

どうして。
いくつもの疑問が浮かんだが、答えを探るヒマもない。

「モモ!」

奇跡のような音色は、ローが愛する精霊が奏でる歌声。
乱れる鼓動と共に駆け出すと、森を抜けて海岸へと出る。

嗅ぎ慣れた潮の香り。
広大な青い海。

見飽きたはずの景色は、たったひとりの女性によって異質なものに変えられていた。

「なんだ……、これは……。」

あれほど急いでいたはずなのに、思わずローの足も止まる。

あちらこちらに倒れ伏す海兵たち。
胸を押さえ、膝をつくサカズキの姿があった。

だが、ローの視線はそのどちらへも向かない。

異能を失ったはずの彼女に、釘付けだったから。

「……モモ。」

口から零れ落ちたのは、愛しい人の名前。

しかし、あそこにいるのは、本当に彼女か?

愛らしい顔からは表情が抜け落ち、虚空を見つめながら、ひたすらに唄う。

「なにが、起きている。」

サカズキの存在など忘れ、モモのもとへ一歩踏み出す。

『…――。』

先ほどよりも、大きくなった歌声。

「……ぐッ!?」

恐ろしいほど美しい歌声を耳にした途端、胸がぎりりと痛み出した。

まるで、剥き出しの心臓を鷲掴みにされたかのよう。

「なんだ、これは……。」

胸を押さえ、崩れそうになる足を叱咤した。

心臓……?

ようやく周囲を見渡せば、地面に倒れ伏す誰もかれもが同じように胸を押さえている。
あのサカズキでさえも。

その理由に、心当たりがひとつしかない。

「……モモ、お前。」

彼女が奏でる歌。
これは、なんだ。



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