第52章 ハート

『誰か、空っぽなわたしを消してくれないか。脈打つ鼓動に急かされて生き続ける世界。だけど、ここにはもう、あなたがいない。』

生きる意味を誰かに委ねるなんて、あまりにも空虚。

だけど、情けないな。
あなた以外、答えが出ない。


『運命に翻弄された精霊たちが泣いている。』

世界には、悪魔の力を宿した人間が数え切れないほどいるのに、どうして自分たちだけが、拒絶されなくてはいけないのか。

好きな歌も唄えず、隠れるように生きて、そんな人生にどんな意味がある。

母も父も、死んでいったセイレーンたちも、誰かと笑って誰かを愛して、そんな当たり前のことすら許されなかった。

世界の不条理が憎い。

でも、憎しみに塗れた世界が美しく思えたのは、息もしにくい海の上で生きてこれたのは、すべてあなたのおかげ。

ねえ、どこにいるの？


『君を焼き尽くして消し去った。どうせ暗闇をひとり生きるなら、君を愛して死にたいよ。』

おいていかないで。
今度はわたしも、一緒に行きたい。

そのためなら、信念も誇りも投げ捨てて、海の悪魔に喜んでなろう。

滅べ、滅べ、滅んでしまえ。

自分勝手でもいい、悪魔として語り継がれてもいい。
海が割れても、空が果てても、愛する人の仇を討つ。

この身体が尽きるまで。


“――モモ！”


遠くから、あの人の呼ぶ声がする。

きっと、待っているんだ。

大丈夫、あと少し。
この歌を唄いきったら、傍までいくから。

憎しみを込めて唄えば、周囲の音も聞こえなくなる。

光が映らず、音も聞こえず、暗闇の世界でただ唄う。

ドクン、ドクン。

体内で脈打つ鼓動だけが、モモの耳に届いていた。

この心臓が止まるまで、ここで唄い続けよう。
なにが、あっても。