第52章 ハート
口を開ければ、息をするように歌が生まれ出る。
どうして今まで唄えなかったのか、不思議で堪らない。
だってほら、人を憎むことも、すべてを諦めることも、こんなにも簡単だ。
焼けつくような喉の痛みも、胸を苛む罪悪感も、なにも感じない。
目の前には、苦しげに呻く男。
この人、誰だっけ?
ううん、誰でもいい。
あの人じゃないのなら、誰でも同じ。
狂うほどに愛したあの人、母性を教えてくれたあの子、居場所を作ってくれたみんな。
愛する人たちと生きる世界が、とても好きだった。
だけど、もういいの。
もう、いいの。
『旅のはじまりは、思い出せない。抗えもせず、立ち尽くしていた。』
変えようのないさだめを運命と呼ぶのなら、始まりはまさにそれだったのだろう。
運命はいつ始まったのか。
ローと出会った時?
海賊になった時?
それとも、セイレーンとして生まれた時?
もう、思い出せない。
『季節がめぐって、花が咲き枯れたとしても、この世界に君はいない。』
絶望という感情を知っているだろうか?
わたしは、知っていた。
知っていたつもりだった。
未来が見えなくて、どうしようもなく不安で、手を伸ばしても届かなくて。
だけど、そんなものは絶望なんかじゃない。
絶望というのは、生きる希望すら諦めること。
でも、モモは生きることを諦めたわけじゃない。
ただ、この世界で生きることに、価値を見いだせないだけ。
『戦うように愛した。命懸けの恋を知った。ひたすらに夢を追って、君の幸せを願った。君と幸せになりたかった。』
両親を喪い、たったひとりで広い海に放り出されても、捨てられなかった夢。
拾い上げてくれたのは、あなた。
夢より大切な想いを見つけた。
その想いすら、今、失う。