第52章 ハート
「元帥……ッ、うぐ……!」
最後の部下も倒れ、地面に伏していないのは、ついにサカズキだけになった。
そのサカズキですら、胸が抉られるように痛み、このままでは時間の問題。
「このわしが、このわしが……、やられるわきゃァなかろうがッ!!」
歌を掻き消すように怒鳴ると、モモに向けて覇気を放出する。
覇気遣いでなければ、意識を失ってしまうほどの覇気の波。
しかし、サカズキの思惑とは裏腹に、モモは気絶するどころか唄い続けた。
(ならば……!)
全身に覇気を纏い、防御する。
大砲だろうが、悪魔の実の能力だろうが、どんな攻撃も防ぐ覇気の鎧。
これで、セイレーンの歌も通じない。
そう、考えていた。
『…──。』
歌声が、大きくなる。
「ぐぅ……ッ」
鼓動が乱れ、腹の奥からせせり上がってきた液体が、口からどろりと流れ出た。
真っ赤な血潮。
サカズキを吐血させたのは、勇敢な海兵でも凶暴な海賊でもなく、ただひとりのセイレーン。
(こんな娘に、このわしが……?)
“死の外科医”と呼ばれるトラファルガー・ローですら、サカズキに死の恐怖を与えることができなかった。
それなのに、華奢で非力な女ひとりが、サカズキに死の影を運んでくる。
まるで、死神のように。
(わしが、間違っとったわい。)
セイレーンを捕らえ、兵器に仕立て上げようと目論んでしまったことが、過ちの発端。
(セイレーンは、生かしておいちゃァならん!)
モモはやがて、海軍を……政府を滅ぼす種となる。
危険因子は、取り除かなくては。
「……残念じゃ、セイレーン。」
喉を逆流してくる血を吐き捨て、気合いで立ち上がったサカズキは、ぐっと立てた親指を勢いよく耳穴に突き込んだ。
ブチッ。
耳障りな音と共に、鼓膜が破れる感触がする。
訪れた静寂。
己の鼓膜を破ることで、モモの歌を無効化した。
「これで終いじゃ。」
ぼこり、と拳が赤く沸騰する。
ローにしたように、その拳を彼女に突き立てるために。
だが……。
『…──。』
歌が、やまない。
「なん…じゃと……!?」
鼓膜は破った。
音を捉えられるはずかない。
だというのに、モモの歌は直接頭に響いてきた。
覇気も鼓膜すらも関係ない。
肌で感じるセイレーンの歌。