第52章 ハート
それぞれが激闘を繰り広げる中、唯一状況を把握できていない男がいた。
その男……ジャンバールもまた、黄色く塗装された潜水艦を前に、呆然と立ち尽くしている。
「なぜ、ここに海賊船が……?」
海賊船が海に浮かんでいることは、本来であれば珍しくない。
だが、自分たちの船は、この瞬間に浮かんでいてはいけないのだ。
海底に隠しておいた宝物。
モモとコハクを政府の目に晒さないために。
「こうしちゃおれん!」
重要なのは、2人の安否。
心臓がうるさく騒ぐ。
船から伸びる縄梯子が、彼らの身になにかが起きたことを語っているから。
「早まったマネをしてくれるなよ……ッ」
ジャンバールの願い虚しく、勢いよく開けたハッチの向こうは しんと静まり返り、人の気配が感じられない。
「モモ! コハク……!」
もしかしたら、敵が潜んでいるかもしれない。
そんな危険をものともせずに、ジャンバールは大声で2人の名前を呼んだ。
船内に響き渡る声。
しかし、それに応えてくれる人はいない。
リビング、温室、貯蔵庫。
すべての部屋という部屋を探したが、2人の姿を見つけられなかった。
「いったい、どこへ……。」
呟きながら、さっきからずっと、ジャンバールの心臓は嫌な音を奏でている。
本当はわかっていたのだ。
船が海面に顔を出している時から、モモとコハクが自分たちを案じ、陸に上がってしまったのだと。
「くそッ、なんてことだ……!」
ローとは連絡が取れない。
モモとコハクは消える。
自分たちがのんびりしているうちに、事態は最悪の方向へ動き出していたのだ。
もちろん、2人だって何事もなく上陸したわけではないはず。
不測の事態が起き、やむを得ず船を出たのだろう。
「いったいなにが……。」
リビングに置きっぱなしのティーカップ。
冬島の冷気のせいで、中身はすっかり冷たくなっている。
せめて、なにか書き置きでもしてくれていれば。
そう思ってテーブルの上を見回すと、暇そうに寛ぐ生物と目があった。
小さく真っ黒な身体。
ローが海軍の船から奪った、盗聴用の電伝虫だ。