第52章 ハート
「ふざけんな……! 絶対に嫌だッ!」
静かな森に、空気を震わす怒声が響いた。
声の主は、ハートの海賊団戦闘員のシャチ。
お調子者の彼が、これほどまでに激怒するのは珍しい。
「落ち着け、シャチ。俺たちはなにも、船長を見捨てると言っているわけではない。」
「じゃあッ、なんで止めんだよ!!」
今、ハートの一味はとある選択で真っ二つに割れてしまっていた。
「……これは、船長の意志ッス。」
ペンギンが静かに告げたこと。
それは、一味を率いる船長…ローと別行動する直前にした約束。
“もし俺が一時間しても連絡をしない時は、お前らだけで船に戻り、島を脱出しろ。”
あれから、一時間はとうに過ぎた。
「ひどいよ、ペンギン! いくらキャプテンの指示だとはいえ、こんなところに置いていくなんて!」
毛を逆立てて怒るとはベポ。
ローが危惧したとおり、2人は頑として指示に従おうとはしなかった。
「船長が帰ってこないってことは、よほど基地でしんどい思いをしてる証拠だろ!? だとしたら、俺たちが助けにいくのが筋ってもんじゃねぇか!」
「アイアイ、シャチの言うとおりだ! キャプテンが嫌だと言っても、おれは助けにいく!」
一応は潜伏中だというのに、周囲を気にせず大声を出す2人に、ジャンバールはため息を落としながら諭す。
「落ち着け。俺たちだって船長を助けにいきたい気持ちは同じだ。」
「ジャンバール……、そう思ってるなら、なんでおれたちを止めるんだよ!」
「船長が苦戦するような相手に、太刀打ちできないからだ。応援にいっても、かえって邪魔になるだろう。」
この新世界において、自分たちの力は弱すぎる。
覇気を完全に習得しているのはペンギンのみで、シャチはようやく覇気に当てられなくなった程度。
「俺たちに、麦わらほどの武力があれば話は別だがな。」
現に、ローが宿敵ドフラミンゴを倒すために選んだ相手は、自分たちではなくルフィだった。
その事実は、シャチたちの胸をひどく抉った。