第52章 ハート
「……チッ、なにを俺は、感傷に浸ってるんだ。」
おかしな夢を見たから、なんだというのだ。
夢とは、ただの生理現象。
その内容には、深い意味などない。
占いも予知夢も、科学的根拠がないものは信じない。
この世に奇跡なんてものがあるなら、医者は必要ないのだから。
サカズキの行方は知れないが、基地は壊滅状態、海兵たちは大混乱。
今のうちに、船を一隻奪って逃げるべきだ。
停泊港に行けば、船は山ほど停まっている。
消し炭と化した基地を背に、ローは船を奪うべく港へ足を向けた。
するとどこからか、一陣の風か吹く。
『おい、ロー。お前、本当にそれでいいのか?』
「――ッ!?」
風が届けた声に、頭を殴られたような衝撃を受ける。
どんなに時が経っても、決して忘れられない“恩人”の声。
どんなに心から願っても、二度と聞くことができない声。
「コラさん……!?」
彼の声を、聞き間違えるはずがない。
けれど同時に、彼の声が聞こえるはずがないこともわかっていた。
「幻聴……? バカな……。」
闘いで受けたダメージが、ローに思わぬ幻聴を聞かせたのか。
走馬灯でもあるまいし、なんて馬鹿馬鹿しい推測。
でも、確かに聞いた。
ローの人生を変えた恩人、コラソンの声を。
「それで、いいのか……だと?」
聞こえてきた言葉は、思い出のセリフでも、心揺さぶる感動の名言でもない。
ただ、ローの選択を問いただす言葉。
他の誰に言われても、ローは迷ったりしなかった。
しかし、コラソンだけは別。
心の中で、僅かに引っ掛かっていること。
サカズキはなぜ、ローの生死も確かめずに立ち去ったのか。
「モモは…、アイツらと一緒に逃げたはずだ……。」
こんな時のために、仲間たちに頼んだ。
彼女の安全を優先した、万が一の作戦。
……でも、本当にその作戦はうまくいったのだろうか。
あの頑固な彼女が、素直に従うはずもない。
もし、もし…、ローが思い描いた結果と違っていたら……?
本当に、それでいいのだろうか。
コラソンに言われたことが、再びローの頭に響く。
今なら、まだ遅くない。
今なら……。
「……チッ!」
盛大な舌打ちをして、踵を返した。
向かう先は、港ではない。
(まったく、俺らしくもねェ!)
馬鹿みたいな幻聴を、奇跡だと信じるなんて。