第51章 選んだ果てに
ふいに、生暖かい風が吹いた。
極寒の冬島で、暖かさなんて感じるはずもないのに……不思議に思って、モモは足を止めた。
「……コハク?」
なぜコハクの名前を呼んだのか、その理由はモモにすらわからない。
でも、どうしてだろう。
コハクが呼んだような気がするのだ。
後ろを振り返り、来た道を引き返したい衝動に駆られる。
だけど、今はそんな感情に左右されることすら許されない緊急事態。
「早く……、ローのところへ行かなくちゃ!」
水平線上の物体は、遠いようで意外と近い。
距離にすると、5キロもない。
それはすなわち、サカヅキの到来の早さを告げていた。
必死になって走っているうちに、いつの間にか海軍の船は姿を消していた。
目を離していた間に進路を変えたのか、それとも、すでに基地へ到着したあとか。
前者だったらいい。
けれど、それを信じられるほど、能天気な考え方はできなかった。
ざく、ざく……。
肺が限界を迎え、思わず足を止めてしまった時、雪を踏み鳴らして何者かが近づいてくる音が聞こえた。
(か、隠れなきゃ……!)
咄嗟に身を隠そうとするが、隠れる場所もなく、疲弊しきった身体が言うことをきかない。
それでもどうにか身を潜めようと辺りを見回していたら、足音の主が突然声を掛けてきた。
「ようやく見つけたわい、セイレーン……。」
「――ッ!」
ドスが利いた、低い声。
どれだけ時間が経っても、この男の声を忘れる日はきっと来ない。
けれど、なぜこの男がここにいるのだ。
だって、おかしいじゃないか。
(どうして……、どうしてこの人、わたしがこの島にいることを知っているの?)