第51章 選んだ果てに
人を斬ったのは、生まれて初めてのこと。
獣やカカシを相手にするのとは、まるで違う。
同じ人間を斬ることに躊躇いがなかったわけではない。
それでも、コハクは海賊として、覚悟を決めたのだ。
だが、正面から斬り捨てても、強さの格差は変わらない。
「う…、このガキ……ッ」
海兵は生きていた。
咄嗟に覇気で武装した海兵に対して、覇気を修得していないコハクでは致命傷を負わせられなかったのだ。
だが、それでもいい。
コハクは自分の力量をきちんと把握しているがゆえに、その辺の準備は万端であった。
「動かない方がいいよ。」
「なん…だと……。」
海兵の力なら、ヒスイの蔓も引き千切れるだろうが、コハクは事前にそれを止めた。
「オレの刀、毒が塗ってあるんだ。」
「な……ッ」
「安心しろよ、致死性の毒じゃない。ただの痺れ薬さ。」
即効性で強力な薬。
もちろん、モモが調合したものだ。
「あんたらは母さんの生まれにしか興味がないみたいだけど、うちの母さんのすごいところは、そんなもんじゃねーんだ。」
モモのすごいところ。
それは、薬の知識と調合の腕。
モモのことをセイレーンとしか見ていない彼らには、一生わからないこと。
そんな見方をしているから、自分なんかに足もとを掬われるのだ。
「母さん…だと……? お前、何者だ……ッ?」
海兵の身体は、既に痺れ薬に蝕まれており、呂律がうまく回っていない。
このまま放っておけば、そのうち動けなくなるだろう。
だけど、そうだな。
そんなに知りたいのなら、答えてやってもいい。
自分の正体、それは……。
「オレは、トラファルガー・コハクだ!」
堂々と言い放てば、海兵の顔が驚愕に染まる。
初めて口にしたフルネーム。
なぜだか、妙にしっくりした。