第50章 自由のために
「――さん。」
誰かが、モモを呼んだ。
「――母さん!」
ゆさりと身体を揺すぶられて、モモはハッと目を覚ます。
驚いて何度か瞬くと、すぐ目の前に少年の姿。
一瞬、夢で見た船乗りの少年かと思ったが、夢の中の彼よりは数倍目つきが悪い。
「……コハク。」
なんてことはない。
傍にいたのはモモの愛しい息子だ。
「こんなとこで寝てたら風邪引くだろ。」
「こんなところ……?」
モモがうたた寝していたのは、船のリビング。
男部屋の大掃除に疲れ、テーブルに突っ伏して寝てしまったのだ。
「寝るなら部屋に行きなよ。」
「ううん、もう大丈夫。」
ローたちを待っていたはずなのに、いつの間に眠ってしまったのだろう。
「無理するなよ。やることもないんだし、ゆっくり寝てれば?」
「……本当に、平気よ。」
父親に似て心配性なコハクに苦笑した。
しかし、いつものように心はほっこりしない。
(きっと、夢のせいだわ。)
おかしな夢を見た。
滅びた村と、セイレーンの一族。
まるで、商船で聞いたセイレーンの過去そのもの。
そして、夢に出てきた少年と少女は、モモの父と母だった。
(変な夢だったな。まだ、頭の中に残ってる。)
夢とは、脳が起こす記憶の情報処理。
モモが知らない過去の光景など、見られるはずもない。
(族長の娘……か。)
もし…、もしあの夢が本当なら、母の娘のモモは族長の血を継ぐことになる。
セイレーンの中でも、族長の血は特別で、より強力な力を持っている。
でもそれは、ただの妄想だ。
(もし、わたしが族長の一族なら、滅びの歌によってセイレーンの力を失ったりしないもの。)
己の喉を軽くさすった。
『モモ、滅びの歌は絶対に唄ってはダメなのよ……。』
母の教えが、やけに耳の残った。