第50章 自由のために
『怖い歌……?』
『うん、その唄を聞いたらね…、海兵のおじさんも、村のみんなまで…動かなくなっちゃったの……ッ』
記憶が蘇ってきたのか、少女の声が震え始める。
嗚咽が混じり、涙が溢れた。
堪えきれずに泣き出す少女を、少年は力いっぱい抱きしめる。
『村を、出よう。』
『……え?』
『オレの船に乗って、一緒に海に出よう。』
ひとりになってしまった以上、少女を置いてはいけない。
少年は、年若き船乗り。
この村の存在を知る数少ない人間のひとりであり、外から物資の運搬のため、この島を何度も訪れていた。
だから、この村の人のことも、少女のことも知っている。
『でも、わたし…、村にいないと。だってわたしは、おとうさんの…族長の娘なんだから……。』
唯一生き残った少女は、この村の…一族の長の娘であった。
ゆくゆくは父のあとを継いで、族長の役目を担う運命にある。
だが、一族は滅んだ。
少女を残して。
『みんなのことを想うなら、生きなきゃダメだ。逃げて、生きのびないと。辛くて苦しいかもしれないけど、それでも。』
諭されるように言われて、少女は涙を流しながら頷く。
『わたし、行くよ。』
『大丈夫、オレがついているから。』
小さな手と手とが、固く繋がれた。
そんな2人を、モモは黙って見つめている。
『今日という日を忘れるな。こんな悲しいこと、二度と繰り返しちゃいけない。』
『……うん、わたし…ぜったいにあの歌を唄わない。』
憎き仇を滅ぼした歌。
そして同時に、愛しい人の命も奪った。
少女が生き残ったのは、一族で1番力を持った人間だったから。
族長の血を引く少女は、他の者の歌で害されることはない。
『君は女の子だから、いつかはお母さんになる。そうしたら、血を繋いでいけるよ。』
『うん。そうしたら、わたし…その子に言うよ。あの歌は…滅びの歌だけは唄っちゃいけないって。』
(滅びの唄……。)
その歌を唄える一族は、この世界にただひとつ。
『伝えていこう。君は、最後のセイレーンなんだから。』
深く頷きながら、決意を固めた少女がくるりと振り返る。
金緑の瞳、キャラメル色の髪。
ああ、この少女は……。
(……お母さん。)
そして、この少年こそがモモの父。
これは、過去の記憶。
父と母の、幼き頃の記憶だ。