第50章 自由のために
サカズキ元帥の副官。
まさに先ほど噂をしていた、元帥補佐官のことだ。
しかし、なぜそれをこの男が?
元帥補佐官の来訪は、彼が訪れるまで、自分たちも知らなかったことなのに。
探るような視線で睨むと、ローが面倒くさそうに足に力を込める。
「そういう役にも立たない忠義はいらねェ。聞かれたことにだけ答えろ。」
目に見えない太刀筋で刃が動き、片耳が吹き飛んだ。
「……ッ」
叫び声をなんとか飲み込み、襲いくる痛みを堪えようとするが、予想していた痛みはいつまでたってもやってこない。
「痛みはないはずだ。だが、お前は今、俺のオペ室にいる。心臓を抜き取るのも、脳みそを弄くるのも、容易い。」
にやりと口もとが歪み、彼の二つ名“死の外科医”にふさわしい表情を見せる。
恐怖におののきながら、軍の人間としての誇りが顔を出し、絶対に言うものかと歯を食いしばった。
「……やはり、言わねェか。」
さんざん脅しておきながら、ローは最初から自分たちが口を割るとは思っていなかったようだ。
諦めたように、キラリと光る切っ先をこちらに向けた。
「ま、待て……ッ!」
大太刀の斬撃が飛ぶ前に叫ぶと、喉もとでぴたりと刃が止まった。
「元帥補佐官は、2階奥の応接間にいらっしゃる…。」
手のひらを返したように情報を漏らした自分に、ローがあからさまに怪訝そうな顔をしている。
嘘の情報で、騙そうとしているのでは…。
そう思っていそうな表情だ。
しかし、自分が吐いた情報は、まぎれもなく確かな事実。
「勘違いするな、貴様が基地をうろつくのが迷惑なだけだ。元帥補佐官殿に、返り討ちにされてしまえ!」
他人の力に頼るなど、兵士として恥ずかしいが、自分ではこの男に勝てない。
しかし、恥を忍んだかいあって、ローは自分の言葉を信じたようだ。
「そりゃァ、ご親切にどうも。」
言いながら、妖気を放った刃が無惨にも振り下ろされた。
痛みは、ない。
しかし、顔が真っ二つに分かれて、声を出せなくなってしまった。
剣を鞘に収め、何事もなかったように去っていく。
身動きもとれぬ中、そんなローの背中をじっと見つめた。
馬鹿な男だ。
なにをしに現れたのかは知らないが、わざわざ捕まりにくるとは。
彼がこの島を無事に脱出できる可能性は、0%。
だって、ここには、もうすぐ…──。