第50章 自由のために
「コハク? どうしたの?」
急に黙り込んだコハクを訝しんで尋ねれば、彼は少し間をおいて、それから首を左右に振った。
「いや、特に理由はないよ。ほら…よくローに似てるって言われるだろ? なんか気になってさ。」
「そう…なの。」
まるで言い訳のように早口で告げるコハクに、モモは不自然さを覚えないわけではなかったが、それ以上質問を重ねる勇気もない。
(気づいてる? いや、まさかね……。)
ローでさえ疑っていないことを、コハクが気づくはずがない。
追求すべきサインはいくつもあるのに、そのどれもに気づかないフリをして、心の奥底に閉じ込めた。
「コハク、みんながいないうちに、船の大掃除でもしましょうか。」
「えー…、めんどくさ。」
「そういうこと、言わないの! 船はわたしたちの家なのよ。」
先日の一件で、汚れ放題だった船は綺麗になったが、それでもまだ手つかずなところもある。
例えば男部屋。
ロー以外の男性クルーが生活する部屋は、モモにとって未知の領域。
今まではプライバシーを尊重し、足を踏み入れることはなかったが、そろそろ我慢の限界だ。
部屋の前を通るたび、ツンとした臭いが鼻をつく。
「このまま放置していたら、キノコでも生えてきそうだし、この機会に掃除させてもらうわ。」
どうせ、みんなが帰ってくるまでヒマなのだ。
少しでも気が紛れるようなことがしたい。
「でも、勝手に片付けたりしちゃダメなものもあるだろうし、コハクが指示してくれる。」
「わかったよ、もう。」
ゆっくりしていればいいのに。
そうコハクが視線で訴えてくるが、それを無視してモップとバケツを手に取る。
「ヒスイもお手伝いしてね。」
「きゅい!」
やる気満々のヒスイ、渋々協力するコハクをつれて、禁断の園である男部屋へと向かった。