第50章 自由のために
「……どうするのかしら、この子たち。」
モモが気にしているのは、ローが奪ってきた大量の電伝虫。
不思議な電波を発して、遠く離れた人と音声を繋ぐカタツムリ。
馴染みのない虫ではあるが、この子たちも立派な生き物。
このままにしていては、お腹がすかせてしまうかもしれない。
「電伝虫って、なにを食べるのかしら。」
あいにく、虫を飼育したことはない。
だけど、虫といえば葉っぱだ。
「確か、温室のキャベツがそろそろ収穫できたはず。」
放っておくわけにもいかず、モモは彼らのエサを確保するため、温室に向かった。
セイレーンの力を失って、なにが1番困るかと尋ねられたら、やはり植物の生育だろうか。
今までは、必要な時に慈しみの歌を唄えば、植物たちは急速に成長し、野菜や薬草が不足することはなかった。
長い航海で気をつけなければいけないのは、偏った食事。
モモの能力は、仲間たちの健康管理にとても役立っていた。
しかし、その能力がなくなった今では、自然に育つ温室の野菜は貴重な食糧。
「でも…、船に電伝虫をつれてきたのはローなんだし。」
そう言い訳をつけて、瑞々しいキャベツを2玉収穫した。
再びリビングに戻り、ざく切りにしたキャベツを電伝虫に与えてみたら、あのやる気のない瞳を輝かせてもりもり食べる。
「おいしい? よかったね。」
そのうち、どこかの島で逃がしてあげよう。
目的地の島ではそんな余裕もないだろうから、その次の島……できれば暖かい島がいい。
「次の島、か。」
あれだけ不安に感じておきながら、その次の島のことを当然のように考える。
そのことに気づいて、肩の力が抜けた。
「わたしの考えすぎよね。」
これではローの心配性を笑えない。
「さて、そろそろ部屋に戻らないと…。」
まだ戻っていないことを知られたら、心配性な恋人の小言が飛んでくる。
大皿に盛ったキャベツをそのままに、モモはリビングを出て行った。
しかし、そのすぐあとのこと。
1匹の電伝虫が、電波を受信して口を開く。
「プルルル……。」
世にも不思議な電伝虫。
彼らは電波を繋ぐ時、なぜか相手の特徴を捉え、真似をする習性がある。
着信音を知らせる電伝虫の姿が、首もとに桜吹雪が見える、仁義の男を真似ていたことを、誰も知らない……。