第50章 自由のために
ドォン、ドォン……!
突然大砲の音が鳴り響き、船がぐらりと揺れた。
「きゃ……ッ」
バランスを崩し、派手に尻もちをつく。
「いたた……。」
続けざまに砲撃音が鳴り、今度は船の近くに着水した。
大砲の撃ち合いに、戦闘が始まったことを知る。
仲間たちの強さは知っている。
だから心配はいらない。
そう思ってはいるけれど、どうしても戦況が気になってくる。
いけない…とは思いつつも、部屋のドアを開け、転ばないように気をつけながら通路に出た。
リビングに続く階段を上ると、剣を交える金属音、それから雄叫びのような声も聞こえてくる。
今デッキに出て行っても、邪魔になるだけ。
ローとの約束も破ることになる。
だから、少しだけ。
ほんの少し、窓から覗くだけだ。
それなら、船内にいるし、ローとの約束も守っている。
気づかれないように、そっと丸い小窓から外の状況を垣間見た。
ドン……ッ!
窓を覗いた瞬間、外側のガラスになにかが張りついた。
「……ッ!」
悲鳴を上げなかったのは、奇跡に近い。
透明な窓のガラスには、べったりと赤い血がこびりついている。
血だけではない。
たった今、攻撃を受けたばかりの海兵の姿も。
(……海兵。やっぱり海軍の船だったのね。)
冷静にそんなことを考えるが、足ががくがく震えている。
この震えの正体は、海軍に見つかってしまったからなのか、それとも大量の血を見たせいか。
仲間たちは、モモのため、そして自由を手に入れるために剣を振るい、その手を血で汚している。
それなのに、本当にモモはこんなところで、隠れるように守られていていいのだろうか。
『お前を守る男は、今ここにはいない。それでも立ち上がると決めたのは、お前だ。』
ふいに、キッドの言葉が蘇ってきた。
強く厳しいキッド。
彼には何度も責められ、そして気づかされてきた。
『だがお前は、まさに今、逃げ出したじゃねぇか。』
わたしは今、逃げている?
それとも、立ち向かっている?
正反対の道筋。
どちらを歩いているかもわからなくて、窓についた赤さを、ただずっと見つめていた。