第50章 自由のために
なんとなく気になって、自分をくんくん嗅いでみたけど、別に普段と変わらない。
「どこも臭わないじゃない。」
「人間ってのは、自分のニオイにゃ鈍感なもんなんだよ。」
そう言いながら、ローはモモの首筋に顔を埋め、同じように匂いを嗅いだあと、ついでにペロリと肌を舐めあげた。
「ひゃ……ッ」
「……しょっぺェ。」
「……ッ!」
それは言っちゃいけない一言だ。
蒸し暑い船の中で家事をこなし、せかせかと動き回っているのだから。
塩辛くて当たり前、汗を掻いて当たり前。
腹が立ったので、目の前にある耳を思いっきり引っ張ってみた。
「つぅ……ッ」
珍しくも成功した攻撃に、ちょっと胸がスッとした。
「お前…、なにしやがる。」
「今のは、ローが悪いと思うの。」
女性には、いくつになっても乙女心というものがあるんだから。
「お前が、他の男のニオイを移させるからだろ。」
「ニオイとか言わないで。」
ぐるる…と唸るローの顔を無理やりどかし、すっかり火照った身体をぱたぱたと冷やす。
「お風呂入ってこようかなぁ。」
どうせ、潜水中は家事以外、たいした仕事は任されていない。
汗を流し、清潔な身体と気持ちで1日を過ごすのはいいことだ。
「風呂? …待て、俺はまだ手が離せない。」
「え、どうしてローの手が離れる必要があるの?」
モモが入浴している間、ゆっくり仕事をしていればいい。
「あ? お前が入るなら、俺も入るからに決まってんだろ。」
「……断固、拒否します。」
なにが嬉しくて、窮屈に入浴しなくてはならないのだ。
白クマが入ることを考えて設定されたバスルームは、それなりに広い。
だが、そういう問題ではなく、ローと一緒に入ったら、モモは永遠にバスタブから出られない自信がある。
「なにを今さら。風呂ならもう、一度入ったことがあるじゃねェか。」
「あれは事故だから!」
温泉宿で思いがけず混浴してしまったが、あれは人為的なハプニング。
初めから一緒に入るのとは違う。
(ここのところ、ローは変よ。)
独占欲が増し、モモを離したがらない。
姿が見えないだけで探されるのだから、嬉しい反面、肩が凝る。
その原因は、わかっているけど。