第49章 休息
しばらくの間、ローはモモの肩にかかった髪を無意識のように弄っていたが、モモはそれを辛抱強く待った。
そして、ようやく口を開く。
「……前の男の、どこに惚れた。」
「……え。」
もっと答えにくい質問を想像していただけに、拍子抜けしたような声が出る。
モモのぽかんとした表情を見て、ローの眉間にシワが寄った。
あ、いけない。
これは、恥ずかしがって不機嫌になった顔だ。
ローはプライドが高い。
そんな彼がこの質問をすることに、どれだけ勇気が必要だったかを考えると、モモの態度は失敗だった。
案の定、ローは顔を背けながら「なんでもねェ」と質問を撤回しようとしている。
「違う違う、バカにしたんじゃないの。ただ…、ちょっと意外な質問だっただけ。」
慌てて言い訳をすると、ローはちらりと視線を投げ、フンと鼻を鳴らした。
拗ねているが、眉間のシワは少し薄れたから、たぶん大丈夫だろう。
「ええっと、なんだっけ。…そうそう、わたしがあの人を好きになった理由ね。」
名前を呼ぶわけにいかないので、過去の恋人を“あの人”呼ばわりすると、どこか親密さを感じたのか、再びローがむっとする。
そのくらいで気分を害すなら、聞かなきゃいいのに。
そう思ったが、それを言うとさらに機嫌が下落するので、とりあえず無視をした。
「どこを好きになったか、かぁ。…どこだろうな。」
恋に落ちるというけれど、モモは自分がいつそんなものに落ちたのか、まったく覚えていない。
気がつけば当たり前のように傍にいたくて、利用されるとしても後悔しないと覚悟を決めていた。
でも、それでは答えになっていない。
せっかくローが勇気を出して尋ねてきたのだ。
モモは必死に記憶を遡り、その1ページ1ページを振り返った。
「最初は…、どちらかといえば好きじゃなかったかも。」
成り行きで治療をしてもらえることになったけど、診察以外、彼はモモのことを基本的に無視した。
ベポのように世間話をするでもなく、シャチとペンギンのようにお見舞いに来るでもない。
面倒な荷物を乗せてしまった船長と、どうにか恩返しをしたい薬剤師。
最初は本当に、ただそれだけの関係だった。