第49章 休息
ちらりと気まずそうに上目遣いで見上げるモモの髪を、ローは指先で弄ぶ。
この髪ですら、昔の男が何度も触れたと思うと、悔しくてしょうがない。
それでも眼差しだけは優しくモモに向けると、彼女は意を決したように言葉を発する。
けれどそれは、ローが覚悟したような、甘いロマンスではなかった。
「実はね、あんまり覚えてないの。」
「……あ?」
この期に及んで誤魔化す気か。
そう眉にシワを寄せたが、視線をさ迷わせるモモの様子を見て、それが真実だと知る。
「嘘だろ?」
なにがどうなって、そんなことになったのか。
正直、信じられない。
女にとって初めてのソレは、思い出深く、特別なもの。
男のローだって、それがわかるのに。
それを、覚えてないだって?
考えていたことが伝わったのだろう。
モモはさらに肩を縮こませ、小さな声で呟く。
「その…、あの時は…お酒を少し……。」
「……!」
出た、酒だ。
モモは酒が入ると、見事に記憶をすっ飛ばす。
胡乱げな視線を向けると、モモが慌てて首を振る。
「で、でも! まったく覚えていないわけじゃなくて、ところどころ…っていうか、どうしてそうなったのかを覚えてないだけっていうか…!」
一生懸命言い訳をしているが、残念ながら自分の首を絞めている。
始まりというのは、1番大事なところじゃないのか。
「じゃあ、なにを覚えてるんだよ。」
「なにって…、ええっと、痛かった…とか。」
当たり前のことを口にしているだけだというのに、モモの顔は沸騰しそうなくらい赤い。
「……他には?」
「他は…、うーん…なんで怒ってたのかな…とか。」
「怒ってた?」
「そう、なんかケンカをしたみたいなのよね。理由は覚えていないけど。」
聞けば、それまで2人は恋仲ですらなかったという。
けれど、キスや親密な触れ合いは自然にしていた。
「……。」
なんとなくだが、予想がついた。
たぶん、その男はとっくに付き合っているつもりだったのだ。
だけど酔ったモモが、なにか地雷を踏んだのだろう。
彼女は昔から、男心のわからない女だったに違いない。