第48章 欠けた力
(なん…だ……?)
揺れる視界の中、ローはこめかみを押さえた。
頭の中で、知らない女の声がしたのだ。
けれど幻聴を聞くほど、疲れてはいないつもりだ。
久しぶりのオペで疲れるような、細い神経は持ち合わせていない。
不快な感覚に瞼を揉み、目を開く。
すると今度は、幻覚を見た。
目の前に、女がいる。
その女が幻覚だと思ったのは、明らかにこの世の人間ではなかったから。
どこかぼんやりとして、透けている。
まるで幽霊みたいに。
(…バカか。幽霊なんか、いるはずがねェ。)
幽霊村だなんて騒いだベポに、いつの間にか感化されたのか。
自分らしくもない幻覚に戸惑う。
するとその女がゆっくりと顔を上げた。
「──!」
白い肌に、金緑色の瞳。
女の顔は、モモにそっくりだった。
『唄わせないで。あの子に…、あの歌を……。』
なん、だと…?
誰に、なにを…──。
「……ロー、どうかしたのか?」
コハクの声に、ハッと我に返った。
数度瞬いてから周囲を見回すが、女の姿は忽然と消えていた。
(なんだ、今のは……。)
モモを心配するあまり、幻を見たのか。
けれど現れた女は本人ではなく、よく似た女。
意味がわからない。
「大丈夫か? 具合でも悪いのか?」
「イヤ、なんでもねェ。……行くぞ。」
妙な引っかかりを覚えつつ、シャチたちのもとへ向かおうとすると、なにかが肩に飛び乗った。
「きゅい!」
緑色の不思議生物、ヒスイだ。
「どうしたんだよ、ヒスイ。」
ヒスイがローの肩に乗るなど、極めて珍しい。
「きゅう…、きゅい!」
小さな手で、ローの首に掛かる革紐を引っ張る。
「オイ、よせ…。」
それを引っ張るな。
その革紐の先には……。
「あれ、キャプテン。それって、モモの指輪?」
……見られた。
忌々しくヒスイを睨む。
「なんで首から下げて…って、キャプテン、なんかそれ、光ってるよ。」
「……あ?」
ベポに言われて視線を落とすと、指輪に使われているエメラルドが確かに光っていた。
パーカーの前をしっかり閉めていたので、今まで気がつかなかったのだ。
『その指輪には、不思議な力が宿っているんですって。』
メルディアの言葉が脳裏をよぎった。