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セイレーンの歌【ONE PIECE】

第47章 病魔の住処




ギギギ…と閂が抜ける音がする。

キッドとホーキンスの手によって、二度と開くはずがなかった棺の蓋が外された。

そこでようやく、モモは自分が立ち尽くしていたことを知る。

自分の手を汚さないようなやり方を恥じ、地面に根が生えてしまったかのような足を動かした。

棺の傍に立つと、土の香りに混じって、どこか甘ったるいような、嗅いだことのない匂いが鼻をつく。

これが、人間が腐る匂い…。


「……うッ」

理解した途端、ひどい吐き気を催した。

死体を初めて見たわけじゃない。
身を寄せていた村で、葬儀に参列したこともある。

だけど、花に囲まれ、清潔な装束を身に纏った故人は、いつだって安らかな顔をして美しかった。

けれど今、目の前で眠る人の身体は…。

(こんなこと、考えちゃいけない…!)

モモが今感じるべきものは、敬意と謝罪であり、こんな気持ちになることは間違っている。

「…おい、やらねぇのか。面倒くせぇ、俺がやる。」

不器用に庇おうとするキッドの腕を、モモは力いっぱい掴んだ。

「……わたしがやるわ。」

たぶん、今の自分はひどい顔色をしている。

でも、だからなんだっていうんだ。

辛いから、苦しいから誰かに助けてもらうんじゃ、今までとなにも変わらない。

(わたしは、お姫様になりたいんじゃない!)

自分を奮い立たせながら、モモは小振りのナイフを取り出した。

唇を噛み締め、死体の腹部に切っ先を当てる。

ぼこりと膨らんだ、その腹部に。


ザク…。

嫌な感触がした。
肉を切る、感触。

まな板の上で肉を調理する感触とは、遥かに違う。

誰かを刃で傷つけたことなんてない。
海賊も、海兵も。
ましてや、安らかに眠る人を。

血は流れなかった。

だけどナイフを動かすたび、傷口から血が溢れるような感覚に陥る。

サカズキに追いつめられ、自らの喉もとにメスを突き立てた時、なんにも怖くなかった。

それでみんなを守れるんだからと。

けれど実際に、人を斬ってみたらこんなに恐ろしい。

こんなに恐ろしいことを、ローたちはしてきたのだ。

生きるために。
モモを守るために。

守るっていうのは、そういうことだ。


そんな重みも知らずに、わたしはなにを守ってきたのだろう。



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