第47章 病魔の住処
あれは、モモにとって“運命の日”だ。
己の無力さを嘆いた。
二度とこんなことがないよう、知識の幅を広げようと誓った。
ローを歌で救ったあと、彼の本を手当たり次第に読みあさり、それが今の自分の礎となっている。
あんなことがなければ、モモはただの薬剤師だった。
あのクラゲが猛毒を持つ危険生物だと知らなかったがために、ローは死の淵をさ迷ったのだ。
だから、真っ先に学んだのは“危険生物”について。
これから先、自分はもちろん、仲間たちを守れるように。
もう、同じ過ちを犯さぬように…。
記憶のページが、ぱらぱらと捲られていく。
がむしゃらに読んだ本。
その内容が今、モモの頭にフラッシュバックした。
猛毒クラゲ、殺人蟻。
吸血コウモリに大羆。
そして……。
「───まさか。」
呟いた言葉は、小さすぎて誰の耳にも届かなかった。
診察をしていた指先が震える。
まさか、まさか。
思い浮かんだ可能性に、目眩がした。
「……おねえちゃん?」
モモの様子がおかしいと感じたのか、カトレアが不安そうに呼ぶ。
その瞬間モモは我に返り、渇いた喉で唾を飲み込んだ。
まだ、決まったわけじゃない。
だから、気づかせちゃいけない。
不安そうな顔を、カトレアたちに見せることは許されない。
キッドに気づかされたことだ。
だからモモは、顔面の筋肉を無理やり動かして笑顔を作る。
「…なんでもないわ。」
ちゃんと笑えていただろうか。
笑顔ひとつが、こんなにも難しい。
「ちょっと、気になることができちゃった。カトレア、おじさんを看ててもらえる?」
なるべく不自然にならないよう、注意を払った。
これから確かめることを、カトレアに知られるわけにいかない。
彼女には、この場に残ってもらいたかった。
頷いたカトレアに安心して、モモは家を出る。
予想が当たっていれば、発病者の傍にいても病が移ることはない。
でも、この予想は外れていてほしかった。