第47章 病魔の住処
ローの“面倒をみてくれてた人”が気になりはしたが、コハクはあまり深いことを聞くのはやめた。
なぜならば、ローがその人のことを語る口調が、過去形のものばかりだったから。
勘だけど、たぶんその人は、もうこの世界にいないんじゃないだろうか。
けれど、そんなコハクの気遣いとは裏腹に、ローはその人のことをポツリポツリと話し出す。
といっても、たいした話じゃない。
パンが嫌いなくせに、間違ってピザを口にしてしまい、盛大に吐いたとか、煙草に火をつけたら洋服の毛皮に点火したとか、他愛もないドジ話。
それでも、語るローの表情が、次第に和らいでいくのがわかったから、コハクは黙って耳を傾けていた。
「ああ、そういえばその図鑑もそうだ。医学書と間違って買ったくせに、この薬草が効きそうだとか言って…。」
『でもホラ、この薬草なんか、効きそうじゃねぇか!?』
そう言って彼は、まったく見当違いな植物に、でかでかと丸をつけたのだ。
「そいつがまた、薬草でもなんでもなくて。…確か、ヒュドラ草だったか。」
ヒュドラ草は猛毒があると有名な毒草だ。
そんなものを飲んだら、治療どころか命が消し飛ぶ。
らしくもなく、ふ…っと思い出し笑いをしてしまった。
「……え?」
コハクが目をまん丸く見開いた。
コラソンのドジっぷりに驚いたのか、それとも思い出し笑いなんてしたローに驚いたのか。
なんだか急に照れくさくなる。
コハクは少しの間視線を落とし、そしてすぐにこちらへ戻す。
なにやら口を開きかけた瞬間、部屋のドアがコンコンとノックされた。
「キャプテン、いる? ちょっと航路のことで相談が…。」
ベポの声だ。
ローの機嫌を窺っているのか、少し声のトーンが低い。
「…ああ。」
苛立ちは、いつの間にか治まっていた。
コハクにコラソンの話をしたからだろう。
礼の意味を込めて、小さな頭をぐしゃりと乱暴に撫で、ローはベポのもとへ向かう。
後ろでコハクが、もの言いたげな視線を向けていたことには、気づかなかった。