第46章 美女と野獣
宿屋に入ると、建物の中は病院と同じく、多くの患者が横たわっていた。
違うところといえば、患者が極めて重篤だということ。
意識を失っている者、呻き声すら上げられない者。
そして看病のためか、家族と思わしき人々もちらほらと見かける。
家族の人たちは、病にこそ侵されていないものの、いつ病魔が襲ってくるともしれない恐怖、さらには家族を失う恐怖のせいで、表情が削げ落ちていた。
それはもはや、諦めにも近い。
その内のひとりに、モモはおずおずと声を掛けた。
「あの…。」
「…なんだい。」
年配の女性。
そのすぐ傍で眠っているのは、彼女の息子だろうか。
「わたし、病気のことを調べているんです。症状とか…気がついたことを教えてくれませんか?」
モモの問いかけに、女性は億劫そうに顔を上げた。
「教えて、なにになるのさ。」
彼女はきっと、絶望している。
仕方のないことだ。
医者も死に、希望の光は潰えてしまっているのだから。
「病気の原因を探したいんです。」
「…あんた、医者かい?」
女性の瞳に、僅かに光が戻る。
けれど、それは一瞬のこと。
モモは否定せねばならなかった。
「いいえ、違います。」
「まあ…、そうだろうね。」
期待してしまってバカらしい、と肩を落とす。
その様子に、モモは薬剤師と名乗ろうか考えたが、すぐに首を振って否定した。
ここで名乗るのは、得策ではない。
縋るものに飢えた人々は、モモが正体を明かしたとたん、目の色を変えて薬を求めるに違いないから。
そうなれば、冷静に話を聞くことすらままならなくなる。
「わかることだけでいいんです。聞かせてもらえませんか?」
「別にいいけど…、あんたの家族も病気かい?」
「いえ、でも仲間が…病気なんです。」
キラーのことを仲間と言っていいものかは不明だが、詳しい事情を彼女に説明しても意味はない。
「…そういえば、あんた見ない顔だね。どこの子さ。」
ここへきて、ようやく彼女はモモの顔をじっくりと眺めた。
「えっと、その…、村はずれの家に滞在しています。」
その瞬間、女性の表情が一変した。
「村はずれの…?」
削げ落ちていた表情は、見る見るうちに怒りに染まる。
「お前…ッ、あの海賊の一味か…!」