第46章 美女と野獣
ナースの話によると、この島の医者は病が流行りかけた頃に倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。
頼りの綱がなくなり、病院は大混乱。
ナースたちだけでは困り果てているという。
「初めのうちは、腹痛を抑える薬や、黄疸に効く薬を処方しておりましたが、あっという間に底をついて…。今は、気休め程度の薬をお出ししています。」
気休め程度の薬。
つまりは擬似薬だ。
患者に渡す薬もなくなって、それでも気持ちが少しでも楽になるように、効きもしない薬を処方する。
「ご覧のとおり、病院はいっぱいです。歩ける患者様には、自宅療養をお願いしています。」
だから先ほどすれ違った夫婦も、容態が悪いにもかかわらず、家へと帰っていったのだ。
「…もう、よろしいでしょうか。すみませんが、忙しくて。」
病院関係者も病に倒れるものだから、人手不足も深刻らしい。
そんな彼女の時間を奪うのは心苦しいが、モモもここで引き下がるわけにはいかなかった。
「あの…、患者さんの詳しい症状や、進行具合が知りたいんです。」
「それなら、隣の宿屋に行ってください。治療の施しようのない患者様がそちらで寝ております。ご家族の方もいらっしゃいますので…。」
こんな状況では宿屋を使用する客も訪れない。
だから、治療の施しようのない患者…末期だと思われる患者のために場所を提供されている。
「…わかりました。ありがとうございます。」
本当はナースから話を聞きたかったのだが、そうまで言われては仕方ない。
諦めて宿屋に向かうしかなかった。
病院を立ち去ろうとした時、力強く扉が開き、ちょうど出ようとしていたモモは、入ってきた人物にドンとぶつかった。
「あ、ごめんなさい!」
モモの胸あたりに額をぶつけたその子は、まだ幼さが残る少女だった。
ぶつかった拍子に、持っていた籠からリンゴがごろごろと転がる。
「こちらこそ、ごめんね? はい、どうぞ。」
落ちたリンゴを手渡すと、少女は「ありがとう!」と明るく笑う。
伝染病の疑いがあるなら、子供がこんなところに来てはいけない。
でも、もしかしたら少女の家族が、ここで今も苦しんでいるかもしれなかった。
(ロー、コハク……。)
今 この場にいない、自分の家族を思い浮かべる。
そして、大きく1歩踏み出す。