第46章 美女と野獣
「連れ戻すって…。だから言っただろ、母さんはもう、海に出ちまったんだって。」
もう半日以上経っている。
海軍の技術を駆使した高速船だ。
今頃どこの海域にいるともしれない。
目的地だって、本部かも支部かもわからない。
そんな状態で、追えるわけがなかった。
「そんなの関係あるか。」
こちらの心境をよそに、ローは冷たく言い放つ。
「関係ないって…。いや、あるだろ。」
行き先もわからずに、どこへ向かうというのか。
「居場所がわからねェなら、支部の全てを、本部を潰せばいい話だ。」
「本部を潰すって…。」
それではまるで、2年前のようではないか。
あの決戦で失ったものを、誰も忘れてはいない。
「そんなのダメだ! 母さんが守ったものを無駄にする気か!」
コハクとて、モモが連れ去られたのは死ぬほど悔しい。
けれど、そうしなければ自分たちは無事じゃなかった。
ローにはそれがわからないのだろうか。
「コハク。お前こそ、なにを物わかりのいいヤツぶってる。」
「は……。」
物わかりのいいヤツぶってるだって?
冗談じゃない。
こっちだって、冷静でいるのに必死だ。
「勘違いするな。誰もお前にそんなものを求めちゃいねェ。」
「な…ッ」
侮辱された気がして、コハクは僅かに頬を紅潮させる。
「お前、アイツに守られて悔しくねェのか。勝手に決めたアイツに腹が立たねェのか。」
「それは……。」
モモのことは、自分が守るはずだった。
守られるんじゃなくて、守るのだ。
そうして、モモが幸せになれたらと。
長年胸に抱いていた願い。
それがこんなにあっさりと叶わなくなって、モモはひとりで決めて去っていった。
自分の願いを踏みつけて。
ああ、彼女はなんて…--。
「…悔しいさ。悔しいし、ムカつく!」
なんて酷い女だと、心で罵る。
「だったら、直接言いに行け。」
心に溜めたものを、すべてぶつけに行け。
「物わかりのいいフリなんかすんじゃねェ。お前、誰の息子だ。」
コハクは視線を上げる。
ローの瞳に映る自分は、きっと同じ顔をしているに違いない。
そうだった。
オレは……。
「オレは、ローの息子だ。」
だから、無理を承知で取り戻しに行こう。
一緒に。