第44章 剣と秘薬
『コハク、わたしはもう、この島から外に出る気はないわ。』
初めてモモの口からその決意を聞いたのは、いつのことだっただろう。
なぜ? と問えば、当たり前のように彼女は言う。
『だってわたしは、セイレーンだもの。』
自由に生きるためには、島でひっそりと生きるしかない。
そして、決まって言うのだ。
『でも、あなたはいつか、海に出てね。』
だから、コハクは強くなろうと思った。
強くなって、外の世界でモモを守れるようになれば、一緒に行けると思ったから。
けれど、身体の成長とともに心も成長したコハクは、しだいにわかってきた。
モモが外に出ない理由は、セイレーンだからじゃない。
己を罰しているのだ。
コハクから父を奪ったから。
父からコハクを奪ったから。
罪を償うために、モモは己から自由を奪う。
昔、声を封じた時と同じように。
でもさ、母さん。
本当は違うんだろ?
オレ、気づいてたよ。
母さんは本当は…--。
「母さん、もう嘘はやめにしよう。」
「嘘…?」
そう聞き返してきたモモは、姿形だけのせいではなく、どこか幼く見えた。
「嘘なんか吐いてないわ。」
心外だ…とばかりに言うモモに、コハクはゆっくりと、でもしっかりと答えた。
「いいや、母さんは嘘だらけだ。」
世界で1番嘘がヘタなモモは、世界で1番嘘吐きだ。
コハクはずっと、そのことを知っていた。
「…なにが嘘だって言うの?」
気づかれていないとでも思っているのだろうか。
コハクは薄く笑った。
じゃあ、まずひとつ目の嘘を暴こう。
「母さん、ローのことが好きだろ。」
「……!?」
ほら、ダメだよ。
そんな唇を震わせて、目を泳がせちゃ。
嘘がうまいヤツはさ、そんな態度をとらないんだよ。