第44章 剣と秘薬
「せっかくだから、行ってみる?」
「ええ…。あ、でも遅くなったらみんなが心配するかしら。」
特にローは心配性だし、遅くなってなにかあったのではと思わせてしまっては申し訳ない。
「灯籠流しは夕方からだろ? 日が暮れる前に帰れば大丈夫さ。」
夏島は日が長い。
祭りに参加してから戻っても、十分間に合うはずだ。
「そうか…、そうよね。」
「決まりだな。そしたら、この店を出たら祭りで使う灯籠を探しに行こう。」
今後の予定が固まったところで、注文していたお茶とパイが運ばれてきた。
珍しいお茶の香りを堪能して、零れそうなくらいブルーベリーが盛り付けられたパイにフォークを刺す。
サクサクの生地にとろけるようなクリームが絡まり、とても幸せな気持ちになった。
コハクにもひと口勧めてみるが、案の定「いらねぇ」と渋い顔で断られる。
好みの似通った息子は、きっと父親の少年時代にも似ているのだろう。
少しだけ、ほんの少しだけ、会ったこともない少年ローとデートをしているようで、それが嬉しかった。
一時の休憩を楽しんでから、会計を済まして店を出た。
すると先ほどの店員が後を追ってきた。
「お嬢ちゃん、忘れ物よ!」
呼ばれて振り返ると、店員の手にはナミから借りた帽子が握られていた。
「あッ、忘れてたわ! ごめんなさい。」
帽子を被るという習慣がないものだから、ついつい置いてきてしまった。
「はい、どうぞ。」
「借り物だったの。助かりました、ありがとう。」
なくして帰ってきてはナミが悲しむ。
モモは受け取った帽子を大事に胸に抱えた。
「良かったわね。…あら、お嬢ちゃん、よく見たらとても珍しい瞳の色をしてたのね。」
「え…。」
店員に指摘され、モモは思わず表情を凍らせた。
金緑色の瞳。
それはセイレーンの証。
「帽子、なくさなくて良かったね。それじゃあデートを楽しんで!」
「あ…、ありがとう…ごさいます。」
特に気にした様子のない店員に、モモはなんとかお礼の言葉を絞り出した。
(そうよ、うっかりしてたわ。)
自分は追われる身なのだ。
偶然とはいえ、ナミに帽子を借りていて良かった。
己の考えの甘さを恥じながら、モモはしっかりと帽子を被った。