第44章 剣と秘薬
(……誰だ?)
浴場に何者かが侵入してきたことに、ローはすぐ気がついた。
こんなところにわざわざ侵入してくるとは、敵だろうか。
今、手元に刀はない。
けれど、愛刀を呼び寄せることはローにとっていとも簡単だ。
どういうつもりか知らないが、まずは相手を確認することが先決だろう。
温泉を堪能することを諦め、ゆっくりと立ち上がった。
すると向こうもローの動きに気がついたのか、パシャリと湯が動く音がする。
「だ、誰…!?」
女の声だった。
それも、ローがよく知る女の声。
「……モモか?」
この場にいるはずのない女の名を、半ば疑うように呼んだ。
「……ロー?」
慣れ親しんだ声に呼ばれ、侵入者が彼女であることを確信する。
湯煙をきって数歩近づくと、目をまん丸くして驚くモモがいた。
(なんでコイツがここに…?)
様子からして、ここに自分がいることを知っていたわけではないだろう。
知っていて入ってくるような積極的な女でないことくらい、百も承知だから。
(それにしても…。)
ここは浴場。
当たり前だが、彼女は裸だった。
立ち込める蒸気が彼女を湿らせ、熱い湯が普段白磁のような肌を桃色に染めていた。
申し訳程度のサイズのタオルがモモの胸元を隠しているが、水気を含んだタオルは彼女の身体に張り付き、かえって扇情的に見せていた。
これがすべて無意識なのだから、たちが悪い。
「な、なんでローがここにいるの…ッ」
まさかローがいるとは夢にも思わなかったのだろう。
モモの動揺っぷりは凄まじかった。
「それは俺のセリフだと思うが。」
なにしろ、先に入浴していたのはローの方だ。
この場合、彼女にこそ理由を聞くのが正しいと思う。
「お前、扉の札が見えなかったのか?」
札は確かに“使用中”だったはずだ。
たまたま中にいたのが自分だったからいいものの、彼女の迂闊さには頭が痛い。
「見たわ! ちゃんと“未使用”だったもの!」
「……?」
それはおかしい。
ローは札をきちんと変えた。
けれど、彼女がここで嘘を吐く意味もないだろう。
「だいたい…、あなたまだ外から戻ってきていないはずじゃなかったの!?」
「あ…?」
なぜそんなふうに思うのか。
モモの言っていることがわからず、首を傾げた。