第44章 剣と秘薬
コハクとサクヤを送り出し、モモは温泉に向かうことにする。
すると宿の従業員がモモに声をかけてきた。
「お客様、貴金属類は外された方がいいですよ。温泉の成分で変色してしまうことがありますから。」
「え、そうなんですか?」
従業員が指していたのは、モモの指輪だ。
「お部屋に金庫もございますので、ご利用くださいませ。」
一礼して従業員は去っていく。
「素敵な指輪ね。変色してしまってはいけないし、置いてきたらどうかしら。」
「ええ。でも…。」
ロビンの言うとおり、そうする方がいいのだろう。
けれど、なかなか外すことができない。
この指輪は、あの日、あの夜から1度も外したことがない。
それは、あの頃のローとモモを繋いでいるのは、この指輪だけだと思ったから。
もしも、外してしまったことで指輪を無くしでもしたら?
たぶん一生後悔する。
そう思うと、いくら金庫の中とはいえ、指輪を外すことができないのだ。
「…借せ、俺が預かってやる。」
いつまで経っても外すことのできないモモを見かねたのか、ローが手を差し出してきた。
「え…。」
「大事なもんなんだろ。俺が預かってやる。」
「でも…。」
なおも躊躇うモモに、ローはフンと鼻を鳴らした。
「なんだ、俺が無くすとでも言いたいのか?」
「そ、そんなんじゃないわ。」
確かに、ローに預けておけば金庫よりも安心だろう。
「じゃあ、さっさと寄越せ。」
「……。」
そうよね。
これはもともと、ローから貰ったものだし…。
意を決して指輪を薬指から外し、ローの手のひらに置いた。
「ホラ、行ってこい。」
ローは指輪をしっかりと握ると、追いやるようにモモを温泉へと促す。
「うん…。ありがとう。」
いつまでもナミとロビンを待たせるわけにもいかないので、モモもそれに従う。
「ごめんね、お待たせ。」
「ううん。さ、行きましょ。」
温泉に向かいながら1度だけ後ろを振り向くと、時間潰しのためか、ローはすでにどこかへ歩き出していた。
ふいに薬指に視線を落とすと、長年指輪をし続けた指の付け根は、くっきりと指輪の痕を残していた。
しばらくしたら、この痕さえも消えてしまうのだろうか。