第44章 剣と秘薬
過去のことを水に流して…か。
モモはたった今、サクヤに言われたことを反芻した。
彼女のように“声”を聞けないモモは、この指輪が本当にそんなことを言っているのかはわからない。
けれど、それが本当だとして。
(そんなの、許されるはずがないわ。)
自分の都合ですべてを奪っておきながら、自分の都合で幸せになるのか。
そんな自分勝手なこと、できるはずがない。
「ありがとう、サクヤ。その気持ちだけ受け取っておくわ。」
でも、あくまで気持ちだけ。
モモが本当の意味でその言葉を受け取るつもりがないことがわかったのだろう、サクヤはそれ以上追求しなかった。
その代わり、ひとり言のように呟いた。
「私は…、正直おぬしが羨ましい。」
「え…?」
その発言に、サクヤが自分を羨むところがどこにあるのかと驚く。
だって彼女は、政府の手からひとりで逃れられるくらい強くて、そして美しい。
羨むのはこちらの方だ。
自分にそんな武力や器量があれば、みんなを守ることも、ましてや別れを選ぶこともなかったのに。
「あなたがわたしを羨むところなんて、ひとつもないでしょう?」
謙遜ではなく、本当に。
しかし、サクヤはゆるりと首を横に振った。
「いいや、羨ましいよ。おぬしは愛する者と共に生きられ、愛する者の子を産んだ。」
「……。」
「私はそれが、とても羨ましい。」
サクヤは、好きな人がいるのか…というモモの質問に答えなかった。
先ほどははぐらかされたのだと思ったが、彼女には彼女の言えない理由があるのかもしれない。
愛する人と共に生きて、愛する人との子供を産む。
女性としての幸せを、モモは確かに手に入れたのだ。
今、モモが抱える悩みは、自分にとってとても大きなもの。
けれど、多くを語らないサクヤの前で、モモはなぜだか自分の悩みがとても贅沢で恥ずかしいものに感じられた。