第44章 剣と秘薬
無機物である物にも魂は宿る。
サクヤは幼い頃より そう教えられてきたし、実際彼らの声を聞くことができた。
声が聞こえない常人からしたら信じられないことかもしれないが、彼らはけっこうおしゃべりである。
今、目の前にある指輪。
まるで持ち主の瞳を結晶化したような色合いのエメラルドも、例外ではない。
愛する人から贈られた指輪は、以来1度も外されることなく彼女の左薬指で輝いていた。
つまり、モモの一番傍にいたのは、この指輪だといえよう。
辛い時、嬉しい時、ずっとずっと見守ってきた。
指輪としては生まれて間もないエメラルドだが、鉱物としては遥か昔に生まれている。
そんな人生の先輩は、モモにどうしても伝えたいことがあるらしい。
『幸せになってほしい。』
モモがどんな想いでローとの別れを選んだのかを知っている。
モモがどんな想いでローを受け入れられないのかも知っている。
だけどもう、いいじゃないか。
彼女は十分苦しんだ。
過去のことを水に流して、やり直したっていいじゃないか。
人間の人生というのは、瞬くほど短いのだから。
「……。」
サクヤから指輪の声を聞いたモモは、しばらく黙り込んだ。
なにも、言えなかったから。
「余計なことかもしれぬが、私もそう思うよ。」
視線を上げて、サクヤを見る。
「考えてもみよ。この広い海で、愛する者を見つけて、想いが通じ合うなど、奇跡のようだと思わぬか?」
それが運命の人であれば、なおさら。
そう諭すサクヤは、なぜだか少し悲しそうに見えた。
「…サクヤにもいるの? 好きな人。」
何気なく尋ねてみると、サクヤは驚いたように目を瞬かせ、それから眉尻を下げて笑う。
「さてのぅ…、忘れてしまった。」
「忘れたって、そんなわけないじゃない。」
誤魔化されたような気がして、頬を膨らませる。
「そう言うてくれるな。この歳になると、物忘れも多いのだよ。」
「え…、サクヤっていくつ?」
まだ少し幼さを残した顔立ちをしたサクヤは、モモとそう変わらない年齢だろう。
そういえば、彼女は以前会った時から少しも変わらないような気がする。
しかしサクヤは、モモの疑問には答えず、可愛らしい顔立ちで妖艶に笑んだだけだった。