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セイレーンの歌【ONE PIECE】

第9章 裏切り




「モモ、こっちよ。」

案内された宿は、昨夜の酒場宿とは異なり、町外れの一角に位置していた。

「昨日の酒場に泊まってたんじゃないのね。」

その宿は、ずいぶんと寂れた雰囲気を醸し出している。

「賑やかな宿は落ち着かないでしょう? こういう宿の方が、お金さえ出せばなんでも言うことを聞いてくれるものよ。」

「なんでもって?」

「例えば、ちょっとした『悪いこと』くらい、見逃してくれたり…ね。」

悪いこと?
どんなことなのかも想像できなくて、首を傾げてみせるモモに、メルディアは意味深に笑った。


「メルのお母さんの絵って、どんな絵なの?」

これから実物を見るというのに、モモはつい気になって聞いてしまった。

「そうね…。題材は本当に些細なものなのよ。」

庭に咲いたアネモネ。
川辺で遊ぶ、無邪気な子供たち。
放牧した山羊の群れ。

どれも日常の中にある、当たり前な光景。

でも母の絵は、描かれたものが今にも動き出しそうな、生気溢れる絵画だった。

だからメルディアは、絵画こそが母の人生だと思うのだ。


「そうなんだ、きっと素敵な絵なのね。」

親子二代にわたる夢。
モモは胸を高鳴らせた。


「この部屋よ。」

宿の一室に通され、中に入った。

部屋は薄暗く、ガランとしている。

「メル…、絵はどこ?」

室内には絵どころか、荷物ひとつない。


「ごめんなさい、モモ。絵は、ないの。」


背後で、メルディアが抑揚のない声で言った。

「……え?」

彼女の言葉に振り向くと、ガバッとハンカチを口元に押し当てられた。

鼻を突くような刺激臭。

すぐにそれがなんの薬品か理解できたけど、すでに遅い。

目の前の光景がぐにゃりと歪み、立っていられなくなる。

膝から崩れたモモをメルディアが抱き留めた。


「ゴメンね。母の絵画は、すべてあの人に奪われてしまったの…。」

そして、私の心も…。

モモが最後に見たのは、悲しげに笑うメルディアの笑顔だった。



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