第9章 裏切り
「キャプテン、待ってってば!」
仲間の静止を振り切るように、ローは船長室のドアを開けた。
ガチャリ
「--!」
そこにいるはずのモモの姿がない。
「あ、あれ。モモは…?」
「いないっスね。」
部屋の中は空だ。
開け放たれた窓が、バタバタとカーテンをはためかせる音だけが響いている。
まさか、本当に逃げ出してしまったのか…!?
2人にそんな考えがよぎる。
「せ、船長! 落ち着いて…。これはなんかの間違い--」
「妙だな。」
ブチ切れると思っていたローは、思いのほか冷静な声を出した。
「…え、妙って、なにがスか?」
「あれだけトロい女が、ひとりで船から逃げ出せると思えねェ。」
モモの運動能力は、一般女性に比べて高い方ではない。
なにもない場所でつまずき、転んでみせるし、酒樽ひとつ運べない。
前回うまく事が運んだのは、闇夜に乗じたのと、ただ運が良かっただけだ。
それに彼女は昨夜のせいで、腹痛に悩まされていたはず。
そんな状態のモモが、こんな小さな窓からひとりで脱出するとは考えにくいのだ。
窓に近づき確認すると、ご丁寧に脱出用のロープがくくりつけられている。
こんなロープ、部屋にはなかった。
「え、じゃあ、逃げ出したんじゃないってことは…攫われたってこと? た、たいへんだ!」
ベポは怒りなど忘れて慌てふためく。
「その可能性は高けェが…。」
しかし、果たして声を出せるようになったモモがおとなしく攫われるだろうか。
ローたちは大声を出せば、すぐに飛んでこれる距離にいたのに。
すぐに探し出さねば、と急かす自分と、少し落ち着いて考えろ、と冷静になる自分が戦う。
「……ハァ。」
これほど自分の心を掻き乱す女は初めてだ。
深いため息を吐いた。
冷静な自分が勝ち、考えをまとめようとドカリとソファーに腰を下ろす。
ふわり、と甘い香りが鼻をくすぐる。
いつものカモミールの香りではない…。
(この匂い…!)
知っている。
匂いの持ち主のことも。
(あいつ、まさか…--)
導かれた答えと共に、勢いよく立ち上がった。