第43章 覚悟
みんなのもとへ戻るのかと思っていたが、意外にもモモはそうしようとはせず、風を受けたいのかデッキの船縁へと近づいた。
「オイ、気をつけろ。」
足取りがふらふらしているから、今にも海に落ちそうで冷汗を掻く。
「大丈夫だってばぁ、ローは心配性ね。」
へにゃりと笑う彼女に、どこをどう大丈夫なのか聞いてみたい。
「ああ、風が気持ちいい…。」
海からやってきた風がモモのキャラメル色の髪をたなびかせる。
瞬間、彼女の髪からふわりとカモミールの香りが舞った。
(この香り…。)
モモが好んでつける香り。
ローの身近にはない香りだ。
それなのに、なぜだろう。
この香りを嗅ぐたびに、懐かしいような、それでいて胸が騒ぐような、そんな気持ちに駆られるのは。
モモへの想いも、抱える悩みも、なにもかもぶちまけてしまいたくなる。
言ったら、どうなるだろうか。
今、彼女への想いを押し止めるこの悩みを。
受け止めて、くれるのか…。
イヤ、そんなはずはない。
彼女の大切な人の死は、ローにも原因があるのだ。
それを知ったら、幻滅されるに決まっている。
「ねえ、ロー。」
僅かな時間、物思いにふけってしまったローをモモの声が現実に戻した。
「…なんだ。」
いつの間にか彼女は、こちらを向いていた。
「わたし、幸せだわ。」
そう言って、天使のように微笑んだ。
堪らなくなった。
モモは、なにも知らない。
知らないから、そんなふうに笑える。
悪行の数々、血に染まった手。
そして、エースの死。
言ってはいけない。
頭の中でしきりに警鐘が鳴るが、この衝動を抑えることができない。
「お前は…、なにも知らない。」
「……?」
やめておけ。
きょとりと首を傾げるモモを前に、強く強くそう思うのに、自分の口すら制御できない。
「知らないって、なに?」
不思議そうにこちらを見つめる金緑の瞳から、どうしたって逃れることはできないのだ。