第43章 覚悟
互いに言葉を発せずにいたのは、ほんの数秒の間だった。
「……悪い。」
そう呟いた時のローには、先ほどの驚きに満ちた表情はない。
「あ…、ううん。わたしこそごめんなさい。」
うっかり手を出したモモが悪いのだ。
ローのような年上の男性に、額に手を当てようだなんて、まるでコハクにするかのような対応をしてしまった。
いきなりそんなことをされては、誰だって嫌だろう。
「少し顔色が良くないみたいだったから、心配でつい…。」
対処は間違えたかもしれないけれど、ローの様子がおかしかったのは事実。
「別になんでもねェよ。…本を読み過ぎただけだ。」
暗に寝不足なのだと告げられ、ああ やっぱりな…と納得する。
「ダメよ、睡眠はきちんと摂らなきゃ。あんまり不摂生するようだと、眠り薬を処方しちゃうからね。」
モモがいたずらっぽく笑えば、ローも「そりゃァ、怖ェな…」と苦笑した。
良かった、いつもの彼だ。
先ほどやけにローの態度がおかしいと感じたのは、モモの勘違いだったのだろう。
「そろそろ、みんなも起き出す時間かしらね。」
「…そうだな。」
それならば、とモモは朝食用の野菜をいくつか収穫してカゴに詰めた。
昨晩に渡したものは、麦わらの一味の驚異的な食欲によって、あっという間に消えてしまったから。
「さて、行きましょうか。」
みんなのいるサウザントサニー号へ向かおうと腰を上げると、重たい野菜カゴを当然のようにローが持ち上げる。
「あ…、わたしが持って行くわ。」
そんなつもりで声を掛けたのではないと慌てて追いかけるけど、ローは振り向きもしない。
「うるせェ。よろよろ歩いて渡り橋から海に落ちられると迷惑だ。」
「そんなこと……」
ないとは言えない。
結局言い返すことができずに礼を言うと、ぞんざいな返事が返ってきた。
その返事が、いつもより少しだけ遠く感じたのは、やはりモモの気のせいなのだろう。
(そういえば、ローはなにしに温室へ来たのかしら…。)
ローの背中を追いかけながら、僅かに首を傾げた。