第42章 追憶のひと
「あれ、お前、こんな時間にどうしたんだよ。」
月明かりの下、エースかと思った青年は、不思議そうにこちらを振り返った。
同じ黒髪だけど、その面にそばかすは浮いていない。
麦わら帽子のよく似合う、彼の弟。
「こんばんは、良い夜ね。」
雲ひとつない晴れた夜だ。
しかし、ルフィにはその感覚がわからないのか、「そうかぁ?」と首を傾げた。
「ナミたちと少し話しすぎてしまったの。ずいぶん遅くなってしまったわ。」
「ふーん。」
自分から尋ねておいて、彼の返答はあまり興味のなさそうなものだ。
「あなたは…、ここでなにをしているの?」
「んー、別に。あ、ここは おれの特等席なんだ。」
そう言うと、サウザントサニー号の象徴でもあるライオンの船首をぺしりと叩いた。
妙な返答に、今度はモモが首を傾げる番だった。
(つまり、なにもしていないってことかしら。)
なら、聞けるだろうか。
今ここには、モモとルフィしかいない。
「…ねぇ、ルフィ。」
初めて彼の名を呼んだ。
なんだか変な感じだった。
だって、彼の話は今まで数え切れないほどしたというのに。
「ん?」
でも、あの時はまだ、こんなふうに彼と向き合うことになるとは想像もしていなかった。
「わたし、あなたに会ったら、聞いてみたいことがあったの。」
モモの問いかけに、ルフィは軽く「なんだ?」と聞き返す。
彼は知らない。
今、この瞬間、モモの胸がどれほどうるさく鳴り響いているかを。
「あなたって、エースの弟なんでしょう?」
勇気を振り絞って尋ねた。
でも、これはモモが聞きたかったことではない。
けれど、ルフィにとっては、その質問がモモの口から出ることが意外だったらしく、大きく目を見開いた。
そして、しばしの沈黙のあと、口を開く。
「…ああ。エースはおれの、兄ちゃんだ。」