第42章 追憶のひと
モモがデッキに出てみると、すでに日は落ちかけており、空が鮮やかな夕焼け色に染まっていた。
最後に見た空は朝焼けに輝いていたというのに、本当に半日近く眠ってしまったらしい。
(みんなは…、どこかしら。)
人の船というのは、どうにも居心地が悪い。
モモは仲間の姿を探そうと、あてもなく足を向ける。
「おや…。そなた、セイレーンではないか。」
「……!」
この船ではコハクしか知り得ない呼び名を呼ばれ、ビクリと固まる。
聞いたことのない女性の声だった。
「さて、以前会ったのはいつだったかの。最近、時の流れが早く感じられて困る。」
知り合いのような口ぶりに訝しみ、声の方へと目を向ける。
「あ、あなた……!」
船縁の柵を背に、ゆったりと腰を下ろした女性の姿に、モモは目を剥いた。
彼女のことを、知っている。
いや、正確にはなにも知らない。
たっぷりとした髪は、彼女の外見と正反対な見事な白髪。
まだ少し幼さを残した顔立ちは、神秘的な紫水晶の瞳が印象的だ。
そして、滑らかな肌は夕日に照らされてもなお、青いと表現できるほど白い。
かつてモモは、彼女と会ったことがある。
しかし、知り合いというほどの関係ではなく、彼女の名前すら知らない。
そしてそれは、彼女とて同じだ。
「おお、声が出せるようになったのか。」
この船にいる誰もが、仲間たちも、ローですら知らない事実を彼女は知っている。
モモは昔、喋ることはおろか、声を出すことすらできなかった。
戒めでもあったその封印は、ローと仲間たちへの信頼によって解かれた。
だからそう、モモが言葉を話すことができなかったのは、ハートの海賊団に入る前のこと。
彼女と出会ったのは、そんな時だ。
『セイレーン、そなたのランクを教えてやろうか』
彼女は、モモにホワイトリストの存在を教えてくれた人物。
そして、海軍から、ローの手から逃げるモモを、一度だけ助けてくれた人。
「あなた、あの時の……。」
彼女の名は“付喪姫”サクヤという。