第42章 追憶のひと
涙はしだいに収まったが、夜が更けてもなかなか眠気は訪れず、モモはバルコニーでひとり、夜空を眺めていた。
今宵は満月。
エースと最後に言葉を交わしたあの日から、いったい幾日経ったというのか。
冷たい夜風が頬を撫でた時、部屋の中からメルディアが顔を出した。
「…風邪をひくわ。もう眠りましょう。」
とても眠る気にはなれなかったけど、これ以上メルディアを心配させるわけにもいかず、モモはゆるりと頷いた。
「傍にいましょうか?」
「平気よ、メル。心配しないで。」
優しい気遣いになんとか笑みを返しながら、2階へと向かった。
コハクの様子が気になり、彼の部屋の前で足を止めた。
僅かな物音がすることから起きていることがわかる。
本当なら、母親として傍にいてあげるべきなのだろうが、誰に似たのかコハクはプライドが高い。
悲しむ姿など、モモといえど見られたくはないだろう。
「……。」
ドアノブにかけようとした手を下ろし、後ろ髪引かれるような気持ちになりながら、自室へと足を向けた。
バタン。
明かりの付いてない薄暗い自室に入ると、急に足先から冷たくなっていくのを感じた。
(……嫌だ。)
この感覚には覚えがある。
幼き日に、父を、母を亡くしたあの瞬間だ。
大切な人のためになにもできず、ただ己の無力さだけを呪ったあの日を。
「……ッ」
ぶるりと身体を震わせ、急いでベッドに潜り込んだ。
誰もいないベッドは冷たい。
ほんの数年前は、いつでもベッドが温かかった。
いつでも一緒にいてくれる人がいたから。
あの頃は当たり前だった温もりは、今では奇跡に近い。
当時のモモは、昨日までと同じように、同じ勘違いをしていたのだ。
“次”は必ずあるのだと。
(あなたは今、なにをしてる?)
また夜更かししているんじゃないかな。
ちゃんとゴハンは食べてる?
ねえ、無事だよね…?
彼の強さは知っているけど、必ずしも絶対ではないと思い知らされた。
(……会いたい。)
細くて長い指と、少し消毒液の残る匂い。
とても懐かしく感じる。
眠ってしまえば、会えるだろうか。
元気な姿を見せて欲しい。
傍にいて欲しい。
例え夢の中でも、今日だけは彼に会いたかった。
「会いたいよ、ロー…。」