第42章 追憶のひと
エースが死んだ。
その事実は言葉にした途端、モモの胸にストンと落ちてきた。
彼は、死んでしまったのだ。
「……嘘だ。」
先ほどの自分と同じように、コハクが呟く。
「だって…、エースが死ぬわけないじゃん。」
そう。
彼が死ぬわけない。
モモもそう信じていたから、戦場へと向かう彼に気軽に手を振っていられた。
彼の言う“また”を信じて。
「コハク…、外の世界にはエースより強い人がたくさんいるの。」
王下七武海、四皇、そして政府。
なぜ忘れていたのだろう。
モモはそんなしがらみから逃れたくて、大切な仲間を巻き込みたくなくて この選択をしたというのに。
エース。
エース…。
彼は“仲間”ではなかったけれど、間違いなくモモの“大切な人”だった。
「嘘だ! そんなの信じな--」
あり得ない事実をつきつけられて、心のままに叫ぼうとした。
けれど、コハクがそれを最後まで言えなかったのは、目の前の母親が大粒の涙をボロリと零したから。
宝石のような金緑の瞳から、いくつもいくつも雫が落ちる。
モモはよく泣く。
だけど、こんなふうに顔を青くして、唇を震わせる彼女を初めて見た。
その瞬間、コハクも理解した。
これは、現実なのだと。
初めて起きた非現実的な出来事に、どうしたらいいのかわからない。
いつものようにモモの涙を拭ってやることができず、かといって同じように涙を流すこともできない。
ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
もしこんな時、自分に父親がいたならば、教えてくれるのだろうか。
大切な人の支え方や、男として、あるべき姿を…。
コハクはメルディアに支えられるモモの様子を、彼女の涙が止まるまで、ずっと見ていた。