第42章 追憶のひと
驚きに目を見張る彼女を見て、エースは僅かに苛立ちを覚える。
侮られたものだ。
わからないとでも思っていたのだろうか。
モモが自分の話を聞くときに、憧れ、そして諦めの表情をしていることに。
彼女は本当はまだ、冒険がしたいのだ。
エースがモモと初めて会った時、彼女は今よりずっと輝いていた。
未知なる冒険に心ときめかせ、新たな発見に眩い笑顔を向けた。
それが今はどうだろう。
確かに、この島での生活は平穏なもの。
寂れた無人島には、海賊も海軍も寄りつかないし、豊かな自然はモモの夢を手助けしてくれる。
モモはいずれ、世界一の薬剤師となるだろう。
けれど、その事実を知ることになるのは、自分を含めたほんの僅かな人間だ。
鳥籠のような島は、モモの薬剤師としての腕ですら閉じ込めてしまう。
果たしてそれは、彼女が目指す薬剤師だったのだろうか。
それは本当に、幸せなのだろうか。
出会った頃の、眩い笑顔を放つモモはもういない。
けれどもし、この島を出ることができたなら…。
もとのモモに戻したい。
この俺が……。
「誰かに追われることが不安なら、俺がお前を守ってやる。」
追われる恐怖も忘れられるくらい、大切に。
「だからモモ、俺のところに…白ひげ海賊団に来いよ。」
それはいつか、世界樹の下で彼女に告げた言葉。
あの時は、行けるわけないと笑ってはねつけられた。
でも今は、あの時となにもかもが違う。
彼女を縛るものは、セイレーンという鎖だけ。
そんな鎖なら、自分がいくらでも引きちぎろう。
だから何度だって、モモを海へと誘うのだ。
しばらくエースの手を眺めていたモモだったが、やがてゆっくりと首を横に振った。
「…行けないわ。」
けれどそんなモモの答えにも、エースは落胆の色を見せなかった。
むしろ諦めまいと灯がともるだけ。
そんな彼に、どう説明したらわかってもらえるだろう。
「わたしはもう、海へは出ないのよ。」
出られないのではない、出ないのだ。
冒険という新しい風は、吹いてこないのではなく、モモが必要としていないだけ。
もう二度と、必要はない。