第42章 追憶のひと
近づいてくる足音は、コハクのものにしてはやけに重い。
くるりと振り返ると、こちらに向かって歩いてくるのは、やはり、彼だった。
「もう行くの?」
そう尋ねると、彼はくしゃりと笑った。
「ああ。長くいられなくて悪ぃな。」
すまなそうに言うエースに、モモは首を横に振る。
忙しい身なのに、こうして時間を作ってくれたことをわからないほど愚かではない。
たぶんコハクも、それがわかっているから強く引き止めないのだろう。
「待って、よく効く薬草が育ったの。傷に効果があるから持っていって。」
モモは畑にしゃがみ込むと、足元の大ぶりな葉をいくつか千切った。
本当は調合し、薬にしてから渡したかったけど、もうその時間はない。
「モモ…。」
スルリと手が差し伸べられた。
しゃがみ込んだ自分を立ち上がらせてくれるためだろうか。
モモは微笑んで、そろりとその手を取ろうとする。
「一緒に行こうぜ。」
モモの動きがぴたりと止まる。
エースのこの手が、なにを意味するのかを知ったからだ。
だから取りかけた己の手を握り、自分の足で立ち上がった。
「行かないわ、何度も言ったでしょう。」
幾度となく食い下がる彼を訝しく思いながら、またもハッキリと告げる。
「心配してくれるのは嬉しいけど、わたしは今の生活が幸せなのよ。」
確かに自由とは言い難いけど、ここには平穏な毎日があるから。
そう諭すように言った時、エースの鋭い言葉が胸を突く。
「嘘つくなよ。」
思いがけず放たれた言葉に、目を見張った。
「嘘なんかついてないわ。」
「いいや。お前の嘘は、わかりやすい。」
言われたとおり、モモは嘘をつくのがヘタだ。
でも、今は嘘なんかついていない。
本当に、わたしは今のままが…--。
「じゃあなんで、俺が外の話をする時、いつもあんな顔をすんだよ。」
「……!」
言葉を失った。
あんな顔ってどんな顔?
エースの思い違いじゃない?
言い返せることはたくさんあったはずなのに、どれも喉から出てこない。
だって、モモにはわかってしまったから。
エースの言う自分が、いったいどんな顔をしていたのかを。